歳末セール

浅井 孝郎*
衆議院選挙と相まって慌ただしさを感じる十二月の或る金曜日の朝、新聞の折り込みチラシを見ていた妻が肩越しに話し掛けた。
「ユニクロのヒートテックインナーの長袖シャツが安いわね。色も幾通りもあるし、上にグレイのシャツでも着れば素敵だと思うわ。 買ってらっしゃいよ。」
渡された新聞紙大のチラシには、カラフルな何種類もの商品が所狭しと載っている。 その中で上段中央に、妻推奨のヒートテックシャツが私を招いているように大きく写っている。 さらには三日間限り790円の数字が、クッキリと目に映る。
ユニクロ店のある赤羽は、わが家の向かい側のバス停から二十分ほどの終点である。シルバーパス利用で負担はない。
「うーん、行ってくるか」と私。
外出着に着替えようと立ち上がった時、妻の二の矢が飛んできた。
「そうそう、ユニクロの向かい側の和菓子屋さん、今日七日は、おはぎの半額セールの日よ。ついでに買ってきて頂戴」
「たった二個のおはぎ、通常260円が130円となるために並ぶのかい」
「だったら、真里(近くに住む長女)の分も買ってらっしゃいよ。あちらが六個、うちが四個でお願いするわ」
わが家の家計に半額セールは、寧ろ支出増じゃねえか、と思ったが貫禄差は如何ともしがたく、黙ってうなづくのみであった。
バスの終点三つ前あたりの停留所で、ばあ様数人が賑やかに乗り込んできた。何となくいやな予感がした。 赤羽に着いたとき、彼女たちが一斉に叫びだした。
「あっ並んでる、並んでる」彼女らの指さす方を見ると、何と目的の菓子屋である。俺もこの人たちと同類項かと可笑しかった。
私は先に向かい側のユニクロ店に直行して目的の品を求めた。Lサイズの黄色である。 白、グレーも良かったが明日にでも散歩がてらに出直せばとの独り合点である。ゆっくり検分した後、菓子店に赴いた。
見れば三十人ほど並んでいる。げんなりしたが、長女と孫たちの顔が浮かび決心した。 その時、買い物を終えたグループが横を通り過ぎた。はてどこかで見たようなと思ったら先程のバスのばあ様たちだと気付いた。 私がユニクロにいた三十分を要した計算である。
口福堂と言う店では表に三人、後ろに三人、ガラス張りの向こうに三人の職人が煮小豆と炊き立てのもち米との格闘を続けていた。
やっと順番が来て、四個入りと六個いりと告げた。大将格の男性から返事が戻った。
「申し訳ありません、二個入り・三個入り・五個入りのパックになってます。二個入り二つと三個入り二つで宜しいでしょうか」
次から次へと並ぶ客層は、九割が高齢者で、そのほとんどが女性であった。
目的を果たした私には、半額セールも損得勘定もなくなり、疲れを癒し空腹を満たすため近くのとんかつ屋に入った。 再びバスで、わが家に辿り着き、期末試験で早く帰宅していた孫に電話して、取りに来てもらった時は、 にこやかなじい様の顔に戻っていた。
その翌朝、目覚めた布団の中で、なぜ二個入りと三個入りのパックなのかを考えた時に一種のひらめきが走った。
「そうだ、二個と三個の組合せで全ての数字が出来るのだ。 七は3・2・2.十一は3・3・3・2.十三は3・3・3・2・2.以下、十七・十九など何でもござれだ。」
そう言えば他に五個入りのパックもあったなぁ、忙しい時は手早く注文にこたえる事が出来るんだ。 矢張りプロだなぁと気付いた自分自身が嬉しかった。
妻に話をしたら即刻言葉が飛んできた。
「そうね、暫く惚けそうにないわね」
 
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* 八期生浅井伸子さんのご主人です。(HP管理者)
 
 
 
 
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