当節小学生事情

浅井 孝郎*
私の住まいは、板橋区の緑地に建つ十四棟千八百室の団地にある。昭和五十三年三月にオープン以来、早や三十数年が過ぎた。
同年四月、敷地の一角に緑小学校が開校した。六年生となった長男は、第一回卒業生として名を刻むはずだったが、 該当児童が十名未満ではクラス編成もできず、最寄りの北前野小学校に転入することになった。
実は長男が生まれたのは、六十年に一度の『丙午』の歳に当たり、出生児が例年に比してかなり少なかった。 私たち夫婦は、その年に生まれた女は、夫を食い殺すと言う迷信に躊躇していたが、田舎の老いた母から
 「月に宇宙船が向かうこのご時世に、何を考えているんだ」 
と笑われ、人生競争には人数が少ない方が楽かもと、考え直して誕生した彼であった。
幼い頃より、駈けっこがずば抜けていた彼は、すぐさま下町の子供たちのヒーローとして仲間に溶け込み、一年後には一緒に学区内の志村第四中学へ進学した。
一方、時代の流れと共に、緑小学校は諸々の条件に恵まれて、都内でも屈指の優良校としての実績を積み、周辺の住宅地からの越境入学が多く見受けられるようになったと聞いて驚いていた。
全校生徒がブルーの運動帽を被っているので、私にもすぐ分かり、自宅前のバス停には登下校時に、バス利用する生徒たちの賑やかな声が、毎日聞こえている。
二月の或る日の午後、私は本屋に行こうと思いバス停に行った。そこに四,五年生ぐらいの色白で眼鏡をかけた一人の生徒が、背中を鉄柱に凭れて地面に尻をつけ、両足を向かいの鉄柱に突っ張って本を読んでいた。
「僕!お尻が冷えちゃうよ」
思わず声を掛けてしまった。返答はない。おやおやと苦笑しながら、五〇メートル手前の交差点にバスが来たので、またしても
「ほらっ、バスが来たよ。寒くなかった?」
バスが付いた途端、立ち上がった子供から
「るっせーなー、僕の勝手でしょ!」
と凄い剣幕での一喝を喰らってしまった。
私は五つ目の停留所で降りたがその子供はそのまま乗っていった。次の街の団地住まいかなと、勝手な推理をしながら、しつっこい爺さんと思われたんだなと、独り反省しきりであった。
ふと思い出すひとこまがある。近くに住む孫たちが時折立ち寄った時に、決まって言う私の科白である。
「なにか飲むかな?。食べるかい?」
「うん」
「じゃあ手を洗っておいで。それからウガイをしっかり。二度じゃなくて三度だよ」
妻が毎々それを見て、笑いながら
「二人は、もう大学生と高校生ですよ。」
いつまでも幼い面影が残っているような錯覚に陥り、照れ笑いをする私なのだ。言い付けを黙って励行するのは、爺に対する素直さなのか、それとも諦めなのか。それはとも角、他家の子供に節介が過ぎないようにと心したのであった。
その二日後の同時刻ごろ、また出掛ける用がありバス停に行った。一人の生徒がしゃがんで読書に夢中になっていた。思わずドキッとしたが、先日とは異なる子供であった。
「感心だね。何を読んでるの?」
またも懲りずに尋ねた私に、ハイと言って差し出した文庫本の表題は百田尚樹著『永遠の0』だった。
映画の作品とともに、話題となったこの本を、実は十日ばかり前に購入して、妻に
「先に読んで良いよ」
と渡していたのだが、帰宅後すぐに取り上げてしまった勝手な私である。
この四月、高校一年になった孫は、三年前に三クラス九十名の同期生と緑小学校を卒業した。 三十六年前の午年に、長男が入学した最寄りの志村第四中学に進んだのは、約三割の生徒に留まり、他の大多数は、 それぞれ学区の異なる公私立校を志望したらしい。
それを聞いて思わず叫んでしまった。
「君たち、大人になった時に、同窓会が出来るのかい?」
あぁ!。やっぱり私は、お節介な爺さんである。
テーマ 自由題
 
* 八期生浅井伸子さんのご主人です。(HP管理者)
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孫達の挑戦について
野村 昌平**
私にも独り息子が居る 孫2人だ
東京住まいなので進学は私立が傾向なのは仕方が無いのかも知れない
上の娘は鳶が鷹を生むで中学受験は向かう所敵無し、首尾良くトコロテンで大学まで進める学校に進み今は高等部の一年生で医者を夢見ている
下の男の子は控え目、お人好しで姉に続かず今年自分が選択した私立中学の一年生となった
進学に「じいじ」が出張るのは行き過ぎだろう 親も居る事だし口出しは慎むべきだろう
どんな将来に進むのだろうか 親は子の意見を聴きその上で長年見て来た子の性格などから適当なアドバイスをして遣らなければならない 経験は全ての理に優ると云うから
浅井さんの気持ちを拝見しながら考えさせられた
(2014/5/14 21:00)
** 浅井孝郎氏の宮崎大宮高校の同期生の方です。(HP管理者)