歳は取りたくないもんだ

浅井 孝郎*
去る四月三日、東郷神社境内にある水交会で高校同期会が開かれた。郷里宮崎の在京者が集い、昭和四十九年、目黒雅叙園での発会以来、四十回の節目を迎えた。
その間、会場は青山、赤坂、新宿を経て、平成十二年以降は現在の原宿となっている。毎年四月第一週に、満開の桜を愛でながらの楽しい会である。
しかし、高齢化に伴い出席者は年々少くなり、今回は九州、関西からのゲスト四名を加えて二十名。男女十二対八であった。
各自の五分間の近況報告も、年を経るごとに、仕事中心から、ゴルフ・絵画などの趣味の話題に変わり、やがて、孫の自慢話へと移っていった。今では健康状態が主なテーマになっている。
最近話題の認知症は、高齢者の四人に一人の割合との事で、他人ごとではない。同期でも、本人自身、あるいは、細君が発症して、気の毒な状況の友人が何人か出ている。
実は私自身も前々日の四月一日、考えられない大失態をやってしまった。
「素敵なレストランを見つけたので、四月一日に四人で予約しておいたよ」
数日前に、S氏から誘いを受け、喜んで出掛けた。場所は、和田倉門にあるパレスホテル直営の「噴水公園レストラン」だった。
十一時に地下鉄大手町駅で落ち合い、友人の先導で皇居前の新緑の道を歩いた。店に近づいたその時、どうしたことか、入口そばの深さ30pほどの池に右足を踏み入れ
「いけない!やばい!体勢を戻せ!」
の意識とは反対に、スローモーション動画のように、ゆっくり横転してしまった。
右半身と両方の靴はずぶ濡れとなり、驚いて援けに入ったS氏のズボンと靴も水浸しとなった。店の支配人とウエイトレスの二人が数枚のバスタオルを抱えて飛んできた。
「お怪我はありませんか。中へお入りになってください。ひとまず乾かしましょう」
と店に導いてくれた。恥ずかしいやら可笑しいやら、素直に厚意に甘える事にした。
着替えを届けて貰おうと、妻に電話したが通じない。プールに行っていたらしい。場所こそ違え夫婦揃っての水浴びである。
幸いにもその日は暖かい陽気だった。折角来たのだからと、友人や店の勧めもあり、私一人が失礼してはと妙な意識が働いて、風邪ひきも恐れず90分を過ごした。
店の話によると、石畳の前庭と段差も囲いもない池に、昨年は三人が転落して、けが人も出たとの事。因みに今年は私が初めてらしい。悔しさ半分で、あたりの安全管理を尋ねたところ、環境庁の所管と聞き、自分の不注意を棚に上げて唖然となった。
食後はタクシーで爛漫の桜見物をしようと提案が有り、堀に沿って議事堂・国立劇場・靖国神社・英国大使館から千鳥ヶ淵に抜けるコースに決まった。シートが濡れないように中腰ながらも、都内随一と噂の高い絶景に、すっかり心を奪われてしまった。
皇居を半周したあたりの神保町で独り降ろして貰い、厚く礼を述べて帰路についた。
翌々日、同期会の近況報告で、この模様を話した。皆は、他人事ではない面持で耳を傾け、後遺症はなかったかと心配してくれた。
それに較べて、珍事の当日、帰宅した私の落ち込んだ姿に、妻は笑いながら
「怪我がなくて良かったわ。明日ゴルフの約束なんだもん!。今日の事エッセイに書いたらきっと面白いと思うわ。そこの写真撮りに行ってみようかしら!」
頼り甲斐のある妻の横顔をじっと見つめながら、愛唱歌の一節をそっと口ずさんだ。
「妻を娶らば 才長けて
みめ麗しく 情けあり」        
テーマ 自由題
 
 
 
 
* 八期生浅井伸子さんのご主人です。
最後の歌は、「人を恋うる歌」です。YouTubeを貼り付けてみました。 よかったらお聴きください。(HP管理者)
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