通院日記

浅井 孝郎*
年齢を重ねるにつれて、医院、病院に通う日が増えてきた。
自宅マンション棟のエレベーターを降りた一階に、内科、歯科、眼科、整形外科の医院が並んでいる。日頃お世話になっているのは、内科、眼科の医院で、共に当団地住まいの、ダンデイーな医師と、下町の女将さん風な先生である。建物の歴史と共に医師も私も三十年の歳を重ねている。
その他、年四回通院している三つの病院がある。御茶ノ水の三楽病院。板橋大山の健康長寿医療センター。同じく板橋小豆沢の中央総合病院である。前者二つは地下鉄とタクシー利用で四十分、もう一つはバスで八分ほどの所用時間となっている。
九月十九日は、三楽病院の受診日だった。地下鉄三田線春日駅で降り、料金七三〇円の小銭をポケットに入れてタクシーを停めた。
乗って行き先を告げると、すぐに運転手が語りかけてきた。
「自分はこの仕事二十年になります。初めてのお客は神田から乗っけて三楽病院でした。水商売のママのようで、顧客さんの入院見舞いとのことでした。ここはその時以来です」
「東京は広いから、なかなか同じ所にはね」「今日が仕事初日で、しかもあなたが一番目のお客ですと申しましたら、降りしなに、ご祝儀ですよと一万円を頂きました」
「嬉しい思い出話を有難う。生憎きっちりの支払いでごめんね」
なんとなく弾んだ気持ちになって外来受付を済ませた。十一時の予約で十五分前に泌尿器科の待合室に腰掛けた。九年前に前立腺がんの手術を受けて以来のご縁が続き、定期的に問診とPSA検査を受けている。朴訥な物言いの医師は腕は一流との評判だ。良い先生に巡り合ったと喜んでいる。
毎回四十分ほどの待ち時間。短い問診などを終えた後、支払い手続きと薬の受け取りに暫く待たされて、十二時過ぎに外に出る。
周辺の街の食堂はサラリーマン、学生などでごった返している。大変だなあと勤務当時を思い出しながら、空きっ腹を抱えて家路についた。
九月二十二日、健康長寿医療センターに行く。十時の予約だった。地下鉄三田線の板橋本町駅で下車、タクシーに乗る。メーターが一度上がって料金は八二〇円となる。ここは腰痛のため整形外科の受診で、板橋区の老人健診で訪れて以来六年目となった。受付時に貰う番号が担当医の部屋のボードに点滅したら入室である。
「足首がこれだけ動けば大丈夫です。痺れはあっても、とにかく歩いて下さい」
「わかりました。頑張ります」
「実は私は十月に転勤になりました。東大病院、此処、三楽病院の間の定期異動です」
「三楽病院には長らく通ってます」
「えっ そうですか。もし向こうでの受診をご希望でしたら紹介状を書きます。つまり、私から私宛てなんですが。お考えください」
同じ医師の診断を続けたい気持ちと、初めて聞く奇抜な?手続きに興味を抱き、ぜひ宜しくと笑って返事をした。三十代独身の彼は看護師たちの人気の的のようである。
板橋中央病院は十月三日の診療予約を入れている。循環器系の定期検診で、薬は出して貰ってない。老化に伴い安心を求めて三か月に一度の受診である。土地柄に相応しい地味であるが、はっきり物言うタイプの医師で、面談は面白い。
街の医院では、看護師には我が子に対する気持ちで優しく接し、大手の病院では、医師に対しては、礼を失しない程度に親しくなる事が大切かなと思うようになった。これも、長年の体験した結果である。
ややもすると、気の進まない医院、病院も考えようで楽しい訪問になるかも知れない。勿論、無病息災で縁のない事が一番である。
テーマ 自由題
二〇一四年九月
 
* 八期生浅井伸子さんのご主人です。(HP管理者)
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