暑中雑感

浅井 孝郎*
夏は暑いもの、と分かっていても、三十度前後の日が続くと
「こうも暑いとたまらんなあ」
と思わず愚痴の一つや二つが出てしまう。
年齢のためもあろうが、年々暑さを厳しく感じるようになっている。 しかし、歩行練習に励む身の私は老骨に鞭打ち、杖を片手に自らにノルマを課して、敷地内の遊歩道を歩いている。
歩行練習を終えた後は、ひと呼吸して予約してある整骨院にリハビリに通っている。
「よく汗をかきましたね。今日はどのくらい歩きましたか」
「陽射しがきつかったので、三百メートルほどで止めました」
此処で三十分ほどの治療を受けて、帰宅するのが、週四回午前中の日課である。
昨年六月に、頸椎、腰椎の二か所の手術を受けて、約半年の入院生活を終えて、火曜と土曜の週二回、デイサービスにお世話になっている。 参加五十人ほどのなか、四人が向き合う八人掛けの卓の仲間とも、打ち解けて、朝の挨拶に始まり、お天気、お互いの体調、など、 日常会話も弾むようになった。
しかし、発声の不自由な人も何人かいるので、こちらからの話題を多くしたり、相手の話には、表情豊かに合い槌を打つなどして、 私なりに気配りに留意している。
九時頃に到着して、手洗い、うがい、体温血圧の測定に始まり、リハビリ、歩行練習、入浴、昼食などの一貫したスケジュールに、午後一時半から、 六十分の趣味の時間が織り込まれている。書道、塗り絵、漢字書き取りなどの多くのメニューの中で、人気一位は、何と言ってもカラオケのようだ。
毎回、のど自慢の愛好者十数名が映像画面の前に、輪になって腰掛ける。会話に不自由している人も、画面に流れる歌詞を目で追いながら、 一生懸命リズムに乗って歌い、拍手を浴びている。言語障害に対するカラオケの効用を毎回のように、目の当たりにして大きな感動を味わっている。
私の左隣のIさん、その前のHさんともに言語と歩行に難儀しながらも、時間になるのを待ちきれぬように定位置に自席を構えて、 一生懸命歌っている。他にも十八番の愛唱歌を持ってる顔ぶれが多く、楽しい午後のひとときである。
実は私も、自己紹介を兼ねて是非にと所望されて久しぶりの一曲を歌った。 坂上二郎の“なあ、友よ”である。驚いたことに画面に百点満点が映し出された。歓声と共に、早速メンバーの一員に迎えられた。
右席のWさんは、未だ五十代の若さと聞いた。不自由な下肢で独り歩きに頑張っている。左手の指の麻痺改善の自助努力には、 本当に小さい千代紙の織り鶴やティシュペーパーの人形作りに励んでいる。更には、三種の紙幣を折って漱石、一葉、英世の、見事な頭巾姿に変身させた。 初めて見る作品に感嘆して、孫たちへの贈り物に、三枚のお札を出して、折って貰ったほどだった。
暑い夏の自宅での過ごし方は、足元の弱い私にとって、いろいろな制約との根比べかも知れない。 パソコンでのエッセイ書き、横になっての文庫本読み、三十回ほど下肢の屈伸運動などを取り入れている。
テレビも大きな楽しみであるが、齢だろうか、NHKにチャネルを合わせる事が多い。 二ユース、天気予報に始まり、朝の連ドラ、大河ドラマ、がってん、BS時代劇などが、定番である。
現在放映中の朝ドラの『とと姉ちゃん』も結構楽しんでいる。 その昔、四十年ほど前になるだろうか、北九州市から大阪の堺、中之島の支店に転じて延べ八年勤務した。 その間に縁あって十組ほどの仲人を仰せつかった。
「お世話をした新婚さんに、お祝いとして、六か月、雑誌『暮らしの手帖』を、本屋さんから送ってあげましょうよ」
早速、素晴らしい妻の提案を実行した。毎朝の『とと姉ちゃん』を楽しみながら過ぎた昔を懐かしく思い出している。       
自宅のある風景は、十棟の高層マンションが一万坪ほどの広い緑地を囲んでいる。 つい先日まで、夕刻になると、敷地の中を流れるせせらぎから蛙の合唱が聞こえていたが、七月十日から、蝉の声に代わっている。 初鳴きの日をカレンダーに記すのは、妻の大きな楽しみである。時の経過とともに、季節の演奏者は、ひぐらし、 鈴虫、こおろぎに代わる。
昨年は入院中のため、夏と秋の季節感を味わっていなかった。今年は妻と一緒に四季を共にする幸せが有る。
テーマ 自由題
* 八期生浅井伸子さんのご主人です。(HP管理者)
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