お盆休みのひととき

浅井 孝郎*
七月の「海の日」に続いて、八月十一日の今日は、初めて迎えた国民の休日「山の日」である。
私たちは、日々、山の自然から色々な恩恵を受けている。このような機会に、再認識をしながら改めて感謝したいと思う。
古来「故郷に山河あり」と言う言葉を耳にする。私はその昔、昭和十七年の春、生まれ育った満州国大連市から両親の故郷宮崎市に引き揚げてきた。小学五年の歳であった。世界大戦の激化を案じて「満鉄」に勤務の父を残して母と二人で帰国の船旅だった。
なお、歳の離れた二人の兄は、旧制高校に在学中で、すでに内地の学生寮でそれぞれに弊衣破帽の青春を謳歌していた。
大連を出港して、黄海、日本海を越えて、四日目の朝、門司港に入った。初めて見る九州の山なみの、濃い緑色の美しさに目を見張った。満州の山は、冬の間は草一本生えない褐色の丸々坊主のはげ山だった。幼い心に映った鮮やかなその色は、七十年を過ぎた今もなお、瞼にくっきりと焼き付いている。
山の姿の美しさを、子供心に感じてから、現在に至る幾年もの間、転勤、出張、旅行などで各地を訪れるたびに、その土地、その国の素晴らしい山々に魅せらてきた。
私が初めて今回「山の日」を暦で見た時、思わず、心に閃いた次の言葉が出た。
『何と上手い日を設定したもんだ』
七月の「海の日」に続いて八月。広島・長崎の原爆慰霊日と終戦記念日との中間に位置し、お盆休みのスタートに当たるこの日。まさにピッタシの日程配置だと思った。
私たち昭和ひと桁の世代は、生まれ育ってきた環境から、漢字に馴れ親しんでいる者が多いように思う。小学校以来の国語、書道、漢文など読み書きの教育のおかげで、私など本来は便利なはずのメールより、未だに手書きの手紙にこだわっている。
時代遅れになってはとパソコンに取り組んでいるが、合間にはなるべく辞書を手にして文字を忘れないように、自分なりの努力を続けている。
週二回お世話になっているデーサービスでも、趣味として「漢字書き取り」を選択している。未だ漢検二級のランクに留まっているが、結構、張り合いと面白味を感じている。
「山の日」を迎えて、山を部首に持つ漢字を二、三思いついた。
生を受けてから八十有余年、その間必ずしも、順風の日ばかりではなかった。「嵐」の日にも何度か出会った。晴れる日が必ず来てくれることを信じて、頑張り、耐えてきた。若く元気な頃だったからだと思うが、山あり谷ありの人生も変化があって楽しかった。
また、今になって振り返ると、幾たびかの人生の「岐路」もあった。進学、就職、結婚など、前向きのケースばかりではなく、右か左か、白か黒かを決めなければならない機会など、懐かしく、実に面白い。あのときに、あのようにしておれば、今頃はどうなっていただろう、などと運命の不思議さと怖さすら考えてしまう。
齢八十五歳を数える時、ふと人生の「峠」を越えたのかなと独り考える事がある。
「何言ってるんだ。人生、まだまだこれからじゃないか」
家族も友人諸氏も、皆さん異口同音に言ってくれる。温かい思いやりに、心の中で手を合わせる昨今である。
山を部首に持つ漢字を見つめながら、過ぎにし人生に想いを馳せた。そして幸せすぎる現在に感謝の祈りを捧げている。
初めての「山の日」に乾杯!
テーマ 自由題
* 八期生浅井伸子さんのご主人です。(HP管理者)
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