自閉症と理系思考

 
石井俊雄
図書館で、日経サイエンスの3月号をゲットした。
2月26日に貸出しが解禁になったばかりで、中々手にすることが出来ない、いわばアクセス可能最新号だ。 それをあちこち拾読みしたが、面白いと思ったのは、標記の論文。
サブタイトルは、「科学者や技術者の子供は知的才能をもたらす遺伝子群と同時に自閉症につながる遺伝子も受け継いでいる可能性がある」だ。 科学者には変人も多いので、何となく納得できそうな論旨。だから、お節介ながらその記事のアブストラクトを書いてみた。 よかったら一読下さい。
  1. 概要
    他者とのコミュニケーションが難しくなるなどの症状で知られる自閉症。 その要因は子育てなどの環境的なものではなく、遺伝性が強いことが1980年代には判明していたが、近年、自閉症をもたらす遺伝子群が、 理系思考、つまり物事を解析して1つのシステムにまとめようとする性向(体系的志向)と一緒に受け継がれている可能性があることがわかってきた。
    著者らの調査によると”オランダのシリコンバレー”と呼ばれる、理系思考の人びとが多く住むアイントホーフェンの自閉症の発症率は、 他の同規模の同国の2都市の役3倍だった。 ”インドのシリコンバレー”と呼ばれるバンガロール、さらに本家のシリコンバレーでも同様の傾向が見られるという。
     
  2. 自閉症とは
    他者とのコミュニケーションと交流が困難で、執拗な行動を繰り返すようになる発達障害。
     
  3. アスペルガーとは
    言語や知能の発達遅延がないタイプの自閉症。
     
  4. 強迫的行動の例
    自閉症児が示す強迫的行動の例は次のとおり。
    1. 列車の時刻表を記憶する。
    2. あるカテゴリーに属するすべてのメンバーの名前を覚えようとする。例えば、恐竜や自動車、キノコの名前など。
    3. 家中の電気のスイッチをオンまたはオフに揃えようとする。
    4. 台所のシンクから水を流し、急いで外に駆け出して排水溝に流れ出るのを見る。
    これらの行動は表面的にはまるで異なるように見えるが、どれも「体系化」の例だ。ここで言う体系化は、物事を解析して1つのシステムに纏めようとする衝動のことで、 そうしたシステムには機械的システム(自動車やコンピューターなど)、自然システム(栄養物など)、抽象的システム(数学など)がある。
     
  5. 原因
    1. 同類交配仮説
      著者が関心を持ってきたのは、そもそも自閉症につながる遺伝子群がどのようにして存続してきたかという点だ。 自閉症は他人の感情を読み取って人間関係を築く能力を損なうわけだから、当人が子供をもうける機会は少なくなり、遺伝子を次世代に伝えるチャンスも減るだろう。 それなのに自閉症をもたらす遺伝子群が世代を通じて存続していくのはなぜなのか。 1つ考えられるのは、自閉症の人とギーク(くそまじめな変人)といわれるような理系の人に共通するある種の認知能力があり、 そのもとになっている遺伝子群と自閉症の遺伝子群が一緒に次世代へと受け継がれている可能性だ。 一部のギークは、基本的に自閉症の遺伝子を持っているのだろう。 本人は自閉症の兆候をしめさなくても、そうした人どうしがカップルになって子供をもうけた場合、その子では自閉症遺伝子が親の2倍になる。 このように理系思考の人たちの同類交配を通じて、自閉症遺伝子が広がっているのかもしれない。
    2. 男性的知能との関連仮説
      女の子より男の子に自閉症が多いのは何故か。典型的な自閉症の男女比は女児1に対し男児4だ。 体系化志向の強い人も、これと同様に女性よりも男性に多い。 原因は、胎児の段階で高濃度のテストステロン(男性ホルモンの一種)に晒されることが体系化志向など自閉症に伴う形質と相関しているのではないかとの仮説が考えられている。
     
  6. 結果は
    1. 同類交配仮説を検証している。即ち、理系的性向の遺伝子が自閉症の遺伝子と関連しているなら、体系的志向の強い多くの人たちが生活し、 働き、結婚している地域では自閉症が多いはずだとして、所謂、シリコンバレー現象の調査を行った。 結果は、オランダのシリコンバレーであるアイントホーフェンの自閉症発生率は1万人当たり229人で、同規模の2つの都市のハールレム84人、 ユトレヒト57人のざっと3倍だった。
    2. 胎児期のテストステロン被爆仮説については、現在調査続行中のようだ。
     
  7. 結語
    自閉症をもたらす遺伝子と理系的性向の遺伝子が関連しているかどうかを探ることによって、人間の脳が時として通常と異なる発達をする理由を解明できるかもしれない。 自閉症の人たちは私たちが典型的と考えるのとは異なる知性を持っており、ある能力が欠如していると同時に飛びぬけた才能を示すことがしばしばだ。 この世界がどうなっているかを非常に詳しく理解するという人間特有の能力をもたらす遺伝子群と重なっているのだろう。 それは自然や技術、音楽、数学に内在する美しいパターンを見てとる能力だ。
     
  8. 所感
    以上は論文の抄録(アブストラクト)だから、筆者の論旨を要約するだけのものだが、ここでは少し私見を書いてみる。
    1. 思うことは、世の中には色々な人がいるということ。 それが、単に、経験や環境からの影響による相違ではなく、遺伝子や器質的な違いによるものだと分ったことは、私としては新しい発見だ。 今までは、考え方の違いくらいに思っていたが、そうではなく乗り越えられない違いがあるということが分ったことは大きい。
    2. 我々はよく「終始一貫せよ」と言われて育ったが、それは果たして正しいのだろうか。かかる多様な人たちからなる世界の中で。
    3. 自閉症、今後、減っていくのか、増えていくのか。知りたいものだ。
    4. 進化史をふりかえれると生命体は、次々に上位階層の存在を創発(emergence)してきたという特徴をもっている(「集合知とは何か」中公新書)。 では、自閉症、アスペルガー、サイコパスなどなどは、その一環なのだろうか。即ち、創発の顕れだろうか。
    5. 正直いうと、理系思考というのは言わば、三人称的知(自分以外の誰か他の人が認知した原理などのこと)を神の如く信奉する者たちの思考法だが、 それに少しだが翳りを見た心境だ。
     
  9. 最後に
    偶然だが昨日の4月2日は「世界自閉症啓発デー」だったそうだ。 国連で、毎年4月2日を「世界自閉症啓発デー」(World Autism Awareness Day)とすることが決議され、 全世界の人々に自閉症を理解してもらう取り組みが行われているとのこと。
    初め、この記事、出そうか出すまいかと悩んでいたが、このことを知って出す決意をすることができた。 特に、「世界自閉症啓発デー」トップページの市川浩志さんの絵が素晴らしい。 ちょっとやそっとでは描けない才能だ。素晴らしい。
 
 
 
 
 
 
 
 
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