ある自決

 
石井俊雄
これはある雑誌の記事から捕ったものだが、所感を書いてみる。
それは、東南アジアのある商社の支店で起こった自決の実話だ。
終戦を知った支店長は周囲からの監視の目を逃れて自決した。
周囲がその可能性に気付き危険物、例えば拳銃など、を遠ざけていたので剃刀であちこち切って死のうとしたのだ。 しかし、死に切れないで部下に助けを求めた。
命を助かりたいための助けではなく死に切るための助けを求めたのだ。
暗がりの中から部下に、
「只今自決します。拳銃を貸してください」と。
XX氏は、戒めました。
「短慮です」と。
しかし、支店長は言います、
「自分は三河武士、君は葉隠武士、分かってください」。
XX氏は、拳銃を渡しました。
やがて、支店長の細い声が、
「弾丸が出ません」
「君、引き金を引いてください」と。
もうかなり失血していて拳銃の引き金を引くだけの力が無くなっていた。 XX氏は、支店長の指に自分の指を添え、
「ご免」
と叫んで引き金を・・・
 
 
XX氏は、八十余年人生を全うしたが、その荷物、さぞや重かったことだろうと思う。
若し、小生がそのような立場に置かれたらどうしていただろうと思わざるを得ない。
しかし、「自分は三河武士、君は葉隠武士、分かってください」と言われたら、・・・と思うと多分そうしただろう。
斯くすれば斯くなるものと知りながら止むにやまれぬ大和魂
の和歌が現実の凄味を如実にする瞬間であったと思う。
そんな瞬間に立ち会おうとは思わないが、個人の思惑に拘わらず、不条理というのは実在する。・・・それに耐える胆力を持ちたい。その時々での最善を尽くせるように。
 
 
 
(詳しくは文芸春秋2011/9を参照ください。)           '
 
 
 
 
 
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