「金融危機はなぜ予測できないのか」を読んで
石井俊雄
今日は朝からあいにくの雨。
こんな時は、家の中の電球を多く点け、明るい雰囲気の中で本でも読むしかない。
今日は、図書館から借りてきた「日経サイエンス」2012年2月号を読んでいる。
中で気になったのは、「金融危機はなぜ予測できないのか」という記事。
著者は、David H.Freedman。
サイエンスライター。科学、技術、産業を30年にわたって追ってきた。
最新刊「Wrong」では、科学者をはじめ一流の専門家が、一般人を、図らずもミスリード(「誤って指導する」の意)するメカニズムを扱ったとある。
その記事のアブストラクト(抄録)を書いた。次の通り掲載する。よかったらご覧ください。
- 金融リスクモデルの問題点
- 金融機関個別が対象のモデル
金融投資会社が顧客から集めた資金を投資する手法が非常に複雑なものになった結果、投資会社はリスクを判断するのに少数の人にしか分からない数式に頼ることになった。
しかし、そのそうした数式、つまり金融リスクモデルは現実世界をおぼろげに反映したものにすぎず、ときにはとんでもない結果を招く。
勿論、信頼性の不十分な数理モデルを意思決定に使っているのは金融界だけではない、気象科学、原子力の安全性などおおくの分野で、不完全な数理モデルで何とかしのいでいる。
それらが扱う現象は非常に複雑であるか、情報入手が困難であるか、あるいは金融モデルがそうであるかように、その両方だ。
しかし、そんなお粗末な科学に過大な信頼をおいてきた分野は、金融のほかには例がない。
金融投資会社が顧客から預かった巨額の資金を投機に回しても大丈夫だと考えたのは、金融リスクモデルに説得力があると思われたからだ。
しかし、実際には、モデルには非常に大きな不確実性があった。
「どうすれば実際の金融リスクをきちんと理論的に把握できるのかが、実のところ分かっていない」からだ。
「市場に見られるすべての不確実性と予測不能な挙動を説明できるモデルが存在するという考えが、そもそも馬鹿げている。
なのに、金融モデルはそのようなものとして利用されてきた」。
このモデルの大きな問題は、投資ポートフォリオの健全性に大きく影響する1つの変数を取り入れてないことにあった。
売り手と買い手をマッチさせる市場の「流動性」を考慮していないのだ。
2008年に住宅価格が下落し始めたとき、これらの金融商品にどれほどの価値があるか誰も明確には分からず、
その結果、抵当証券の取引はやがてストップした。
流動性が失われ「非流動化」したのだ。
このため銀行は抵当証券を現金化できなくなり、投資家はパニックに陥った。
若し、金融モデルが非流動化リスクを正しく把握出来ていたら、各銀行は直ちに抵当証券の価格を下げることができ、
購入者がこの高リスク商品に投じる額を抑えられただろう。
このような重要な変数をモデルに組み入れなかったのは言語道断に思える。
だが、金融モデルに非流動性を取り入れるのは容易でない。何故なら、流動性は通常の価格変動に比べはるかに非線形に変化する傾向が強いからだ。
ある金融商品について、どんな価格でもリスクが大きすぎると買い手が判断するようになる時期を予測できる数理モデルはない。
たとえ、非流動化リスクを組み込んだ金融モデルを構築できたとしても、非流動化リスクの推定に役立ちはするだろうが、完璧には程遠い。
- システム全体のリスクは対象外
各金融機関は自社のリスクだけに関心があり、金融当局も個々の金融機関のリスクが低ければ金融システム全体は安全だと考えてきた。
だがこの想定は甘いことを露呈した。個別と全体では違うからだ。
例えば、30人が肩を組んで行進しているとしよう。大の大人が転ぶとは考えにくいものの、30人いれば誰かがつまずく可能性はそこそこあり、その場合には列全体が倒れかねない。
金融機関がおかれた状況は当にこれだった。「2008年を通して、金融当局はリスク評価に際して銀行間のつながりを考慮していなかった。
少なくとも、サブプライム抵当証券に各社が多額の投資をしていることに当局は気がついているべきだった」。
電力会社も同様の問題を抱えている。
個々の発電所が停止する確率は小さいが、時々何処かの発電所が停止するし、それが電力網に繋がった他の発電所に過大な負荷をかけて大規模停電を招く場合もある。
実際に米国では、大停電が1965年、1977年、2003年に起こっている。
システム全体に及ぶこうしたリスクを抑えるため、電力各社は「N1テスト」を実施している。
どこか1箇所の発電所がダウンしたと想定し、電力網に何が起こるかをシミュレートするものだ。
ただ、全ての発電所がどう接続しているかがわかっているからこそ、これが出来るのだ。
金融システムは電力網と違ってブラックボックスだ。
「誰が何を誰とどれだけ取引しているか、正確には分かっていないのだ。このため、リーマン・ブラザース1行の破綻が他の銀行にどう影響するかを予測できないのだ。
2008年のあのとき、金融当局はこれを何とか推定するのに48時間かかった」。
解決策は金融取引網を調べ上げることだ。
全ての取引を政府のデータ収集機関に報告するよう金融機関に義務づけようとすると、銀行は嫌がる。
進行中の大型投資が世間に知れると、他の追随を招いて当該金融商品の価格上昇を招く可能性があるし、大規模な売りの場合には、投資対象に問題があるとのシグナルとなり、投資家が資金を引き上げかねない。
仮に金融当局が十分なデータを手にしても、リスクモデルがそれらのデータを上手く扱えるかというと、そこまで緻密になっていない。
十分な信頼性でこれを行うには、膨大なデータに加え、市場に働いている様々な力すべてに関する優れた理解と、高度な数学、桁外れに強力なコンピュータが必要だ。
そうして計算した結果は個別の銀行についての結果でしかない。これを、金融システム全体に拡張しようというのは、殆ど馬鹿げている。
- 代替案:シナリオ・ストレステスト
代替案として「シナリオ・ストレステスト」を提唱している。
銀行の場合は、株式市場の暴落や貸し倒れ、金利の急上昇といったシナリオを想定し、
1つまたは複数の金融機関がデフォルトに陥るというシナリオによって、テストを実施している当の銀行にどんな影響が生じるかを見る。
「ある銀行のポートフォリオに大きなショックが加わったと想定して、その銀行がどうなるかを見るわけだ」
1つの銀行が10種類ほどのシナリオを想定してストレステストを行うことを推奨している。
このストレステストを10の銀行が実行すれば、10x10x10のマトリックス(表のこと)が得られ、金融当局はシステム全体のリスクがどこにあるかを把握できるはずだ。
若し、金融当局が2006年の頃に主要銀行に対して、住宅ローンのデフォルト拡大と大手金融機関2社の破綻が自社のポートフォリオにどう影響するか評価することを求めていたら、十分な情報を得た当局は金融システムが危険な状況にあることを察知し、その状態を速やかに是正するよう促すことができただろう。
ただ、この手法にも欠点はある。
1つは、ストレステストの対象外の銀行の影響が反映されないこと。
もう一つは、想定外のシナリオが起こった場合の問題だ。
更に、複雑なモデルの場合、モデルの複雑さ自体が障害になるのだ。
それを回避するには、現実をそこそこ近似できるだけの十分な数の項を持ちながらも、
モデルの機能と限界を完全に理解できるだけのシンプルさを備えたモデルがよい。
だが、このバランスをとるのに成功した数理モデル開発者は殆どいない。
- むすび
つまるところ、金融リスクモデルは今後も信頼できないと考えた方が安全だろう。
現実的な解決策はただ一つ、理論的にはよくできているように見えるものであっても、モデルは信用しないことだ。
そして、金融当局は銀行に対し、より多くの現金を手元に保有し、より安全な投資をするよう規制するべきだろう。
これは理にかなった対処法ではあるが、投資家と銀行の利益は減り、貸し出せるお金も減る。
私達はみな金銭的な余裕をうるのはやや難しくなるが、訳が分からぬまま金融危機にまっさかさまに落ち込むことは無くなるだろう。
- 私見
世の中がそうした現実世界をおぼろげに反映したものに過ぎないようなお粗末な数理モデルで動いているとは知らなかった。
そのモデルは、
「市場に見られるすべての不確実性と予測不能な挙動を説明できるモデルが存在するという考えが、そもそも馬鹿げている。
なのに、金融モデルはそのようなものとして利用されてきた」
というのだから恐ろしい。
だけど今後はめげず、
(1)流動性を組み込んだ金融リスクモデルを構築すること。
(2)個別だけではなく、全体の金融リスクモデルを構築すること。
(3)そして出来た金融リスクモデルを信用しないこと。
(4)金融機関を規制すること。
を目指すべきだと思う。
ただ、(4)の金融機関の規制はその実効性・即応性が確保されることという条件が付く。
人災はもう嫌と云うほど味わっているから。
今日は、雨、家内と共に孫の面倒をみながらこの記事を書いた。
内容は、「金融危機はなぜ予測できないのか」のアブストラクト(抄録)だ。
アブストラクトだから、小生の意見、推定、判断などの私見は入っていない。
4.私見だけは、お粗末ながら小生の私見だ。お粗末だと云ったのは、私見と云ってもオリジナリティはゼロだからだ。
ご愛嬌だと思って欲しい。
しかし、欧米人には感心する。何故なら社会現象を数理モデルでシミュレートするという妄想に近いことに挑戦する精神に勇気を感じるからだ。
当分、ギクシャクしても、段々できて行くのではなかろうか。
量子コンピュータなどの物理的発展もその実現に役立つかも知れない。
兎に角、諦めないで挑戦する精神こそ大事だと思う。
(詳しくは「日経サイエンス」2012年2月号を参照ください。) '
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