書評欄から

石井ト
皆さん、今朝(3月24日)の毎日新聞朝刊の書評欄に面白い書評画載っていたので、読んでみました。
毎日新聞の日曜日の朝刊には毎週書評が掲載されますが、今週のは、面白いのが3個もあったので、本HPで孫引き的に抜粋・紹介します。
  1. 「近代神学の誕生 シュライアマハー『宗教について』を読む」佐藤優、深井知朗著
  2. 「創造と狂気の歴史」プラトンからドゥルーズまで」松本卓也著
  3. 「進化の意外な順序 感情、意識、創造性と文化の起源」アントニオ・ダマシオ著、高橋洋訳
本当は、直接本を読むのが正しいやり方だと思うが、年齢的にそこまでの探求心はないので、他人の書評で我慢しようということだ。 従って、かなり野次馬的関心の程度ではあるが、暇つぶしだと思ってお付き合い頂ければ有難い。
  1. 「近代神学の誕生 シュライアマハー『宗教について』を読む」佐藤優、深井知朗著
    1. 抜粋(書評から一部を抜粋しそのまま記します)
      1. 端緒及び、シュライアマハーとは、など
        シュライアマハーは、バルト(カール・バルトは、20世紀前半に活躍した神学者:HP管理者註)を遡ることおよそ一世紀、近代神学の草分けの思想家。 深井氏が彼の『宗教について』(春秋社)を翻訳したことが本書の討論のきっかけとなった。
      2. 近代神学とは
        キリスト教はカトリックとプロテスタントに分裂した。ドイツではプロテスタントの、ルター派が主流となった。ニュートン力学など自然科学が発展すると、 神が「天にいる」と素朴に考えるわけにはいかなくなった。自然科学とキリスト教の信仰をどう両立させるか。それを考えるのが近代神学である。
      3. 本書のすぐれているところ
        シュライアマハーは1768年の生まれ。19世紀前半に活躍した。当時は学校制度が出来かけだ。 裕福な市民か牧師の子が学校に通った。牧師の子は教育を受けると、信仰に疑問を持つ。ニーチェがそう。シュライアマハーも牧師の子で、批判的になった。
        当時は、自然科学が興隆した理性の時代である。啓蒙思想はもう常識だ。理性は信仰と折り合いが悪い。 信仰を時代に合わせて立て直そうと、神学は苦労する。理神論、汎神論、神秘主義、敬虔主義などさまざまな思潮はつぎつぎ現れた。
        例えば、理神論。神は自然を創造したあと、放置した。自然は自然法則に従っている。神から理性を与えられた人間は、自然法則を理解できる。 自然科学は、神の計画を明らかにする。当初は信仰に支えられた活動だったが、やがて世俗化した。
        本書がすぐれているのは、シュライアマハーを素材に、キリスト教が近代的に姿を整えていく精神のドラマを追体験できるところである。
      4. 神学を学ぶ意味
        神学を学ぶ意味は、なんだろう。神学は、信仰(この世を生きるあり方へのコミットメント)に接続している。単なる知識ではなく、価値や道徳と連動している。 江戸時代、日本人が儒学を学び精神を磨いたように、キリスト教圏の人びとは、神学と信仰を通じて近代を生み出した。その出来事の根底を衝き当てることができる。
        さらに神学は、領域横断的である。いまの専門的知識は分断されていて、世界の全体を捉えるのを諦めている。 神学は、神と世界全体に向かう。政治や経済や社会と共に生きる現代人にとって、時空を超えた世界の全体を考える神学の能力は大切である。 それを体系的に学べるのが、シュライアマハーだ。
      5. 結語
        神学の訓練を受けた両氏の憂慮は深い。困難な課題に立ち向かう知力の根幹が、日本語でものを考える人びとに欠けているのではないか。 遅まきながら神学は、知の覚醒を願う、叱咤激励の書物である。
    2. 所感(書評を読んで小生が感じたことを記します)
      1. わが国に神学という学問はあるのか
        「ニュートン力学など自然科学が発展すると、神が「天にいる」と素朴に考えるわけにはいかなくなった。 自然科学とキリスト教の信仰をどう両立させるか。それを考えるのが近代神学である。」ということから、西欧社会は、この矛盾に真正面から取り組み、 解決の途を探したが、我々の仏教社会では、真剣に取り組んだという記憶がない。・・・どうしてそうなのか???・・・ 果たしてわが国に神学という学問は在るのだろうか???・・・多分無いだろう。
      2. わが国に領域横断的な学問は在るのか
        わが国は、一言でいえば競争社会だ。普遍的な価値を奉じて身を処すという癖は着いてない。 そんな社会での処世法は、相対的にならざるを得ない。即ち相手が要るのである。 相手との関係が最重要で、普遍的な価値は在っても脇役だ。従って何より忖度が尊重される。
        ・・・テレビを見てもいつもいがみ合ってるし、怒鳴り合ってるし、こせこせと動き回っている。 昨日、テレビで、「七人の侍」を見た。あれは昭和29年の作だが、目についたのは、農民がこせこせと寸暇を惜しまず動き回ってる場面。 最近だけではなく昔からそうだったようだ。・・・眼の前の場面に対応する知恵も大事だが、永いスパンで物事を考える領域横断的な学問、必要だと思うが、 それって在るの?・・・多分無いだろう。
      3. 面白いところ
        1. 自然科学との整合
          西欧社会は、自然科学との整合を計る努力を重ねてきたところが面白い。・・・わが国をはじめ、東洋社会、インド社会、アラブ社会では、放置されてきた課題だった。 課題という意識すらなかったのではないかと思う。西欧社会とその他の社会との際立った違いだ。どうしてそうなったかに興味深い。 比較文化人類学の重要テーマではないだろうか。・・・若ければ取り組みたいが、能力がね〜!
        2. 知力の根幹
          「困難な課題に立ち向かう知力の根幹が、日本語でものを考える人びとに欠けているのではないか。」との指摘が面白い。 実に辛辣な指摘だが、残念ながら実感するところである。はたと思い当たるのが悲しい。
          若し、そのような知力の根幹があったなら、太平洋戦争は起こらなかっただろう。あれは、冷静に現実を直視するべき時に、 それを放棄した結果の所産である。・・・歴史的にば線香花火だった。
        3. 善男善女について
          端的に言えば、ありもしないものを信じるというのがどいうことかが分からない。 即ち、善男善女の考え方が分からないのだ。・・・少なくも、私の場合は、神と自然科学との折り合いはついてないと言える。 だから、神学には興味があるのである。
          だからこの書評に興味があったが、折り合いをつけるには至らなかった。いまだ悪男(あくなん)のままである。
  2. 「創造と狂気の歴史」プラトンからドゥルーズまで」松本卓也著
    時間切れで後日にします。
     
     
  3. 「進化の意外な順序 感情、意識、創造性と文化の起源」アントニオ・ダマシオ著、高橋洋訳
    1. 抜粋(書評から一部を抜粋しそのまま記します)
      1. 「ホメオスタシス」とは
        著者は「ホメオスタシス」に注目する。これは通常「恒常性」と訳され、「平衡」「バランス」に注目するが、著者は「単に生存のみならず繁栄を享受し、 生命組織としての、また生物種としての未来へ向けて自己を発展させるよう生命作用が調節される」ところが重要であるとする。 ここでの繁栄とは、「生存に資するより効率的な手段の確保と繁殖の可能性の両方を意味する。
      2. 「神経系の形成」とは
        著者は、進化の過程で私たち人間だけに備わった特別な脳の働きとして心を見るという従来のやり方を捨てる。 ホメオすタシスに支えられた単細胞生物に始まる生命現象全体を通して心を見ていくのである。 最近は環境の状態を感知し、生存に有利な方法で反応する。 そこには相互のコミュニケーション(分子による)もある。 ここにはすでに知覚、記憶、コミュニケーション、社会的ガバナンスの原点が見られると言ってよい。 その後真核生物、それの集まった多細胞生物へと進み、循環系、内分泌系、免疫系ができる中で、神経系が生まれる。 イメージが生成され、心が構築されるのは神経系あってのことだが、重要なのは神経系が単細胞に始まる流れの中で誕生し、 はたらきとしても篩ところからつながっていることである。
      3. 心の基本単位
        心の基本単位はイメージであり、脳がこれを抽象化し、たゆまず言葉に翻訳していくことが心を豊かにするプロセスである。 ここから語りが生まれ、理性的推論と想像、更には創造性が生まれる。 こうした神経系が古くから存在する身体と連携することで、感情から主観性、意識、文科などが生まれるという一つの科学的物語が語られる。
      4. まとめ
        この流れを示した部分をまとめると、「心はホメオスタシスの心的表現であり、 そこにある身体と神経系の協調関係が意識の出現をもたらし、 ここで生まれた感じる心が人間性の現れである文化や文明をもたらした」となる。
       
    2. 所感(書評を読んで小生が感じたことを記します)
      1. 「ホメオスタシス」が生み出すものとは
        物理現象では、「物」は物に特有な熱平衡状態で安定し、計れば常温温度を示す。 物を温めてやると、熱平衡状態に至るまで、赤外線を放射して、熱平衡状態に戻る。 というような自動装置が備わっている。
        また、我々が馴染みのところでは、自動車のラジエーターがある。 ラジエーターは、エンジンの冷却を担う装置だが、冷やしっ放しでは燃焼効率に悪い影響がでるので、 エンジンの熱を感知するための装置としてサーモスタットが不可欠となる。 サーモスタットは、エンジンが最適な温度環境で作動できる上で欠かせない熱感知自動装置なのである。
        「物」や「自動車エンジン」に自動装置という仕掛けがあるように、 生命現象でも、「ホメオスタシス」という仕掛けがあって、 生命維持に最適な状態に保つ自動装置があるようだ。
        その「ホメオスタシス」のお陰で、生物は進化し、人間に至っては、神経系の生成を生み、意識を出現させたところが面白い。 何故なら、ホメオタスシスとは、単に生存のみならず繁栄を享受し、 生命組織としての、また生物種としての未来へ向けて自己を発展させるよう生命作用の調節装置だからである。
        生命体ではないAIでは、意識を生成する「ホメオスタシス」的仕掛け、実現可能だろうか? ・・・それが出来れば、AIを生命体と呼べるかも。出来なければ、所詮はデータ処理装置、統計機械だろう。
      2. 安定とは
        山の頂上にあるボールと、谷底にあるボールとどちらが安定かと言えば、谷底の方である。前回も言ったが、自然がエネルギーの低い方を好んでいるのではない。 谷底では少し移動すると元の位置に戻す方向に力が働くので、ボールは仕方なくその辺りの位置でうろうろするしかないだけだ。 それを人間の言葉で解釈すれば、「エネルギーが低い方が安定である」となるのである。
        ボールの安定という場合、その状態を計るのにエネルギーという量を使って数値化する。 「ホメオスタシス」の場合、ボールの場合のエネルギーに当たる量とは何だろう? 仮に、その量をXと表すとすると、「ホメオスタシス」は、Xを刻々と計測し、Xが最低になるよう身体各部に指令を発する、となる。
      3. 進化とは
        去る3月4日(月)、NHKBs1で、「東京ロストワールド」という番組をやっていた。 それによると、小笠原諸島の兄島では、アニジマカタマイマイというカタツムリが繁殖していたが、人間と共に入り込んだノネズミにより、 捕食されるようになり、絶滅に瀕する事態となったそうだ。
        だが、面白いのは、そのアニジマカタマイマイが、 従前の習性にはなかった地下20cmほどに潜るようになったそうである。地下20cmにはノネズミは来ないからである。
        これって、「ホメオスタシス」という自動装置が生命維持上の不安定状態から安定状態への移行を指令した結果獲得した住環境適応能力、 言わば進化と言えるのではないだろうか。
        というより、実際の仕掛けは単純なものだろう。喩ていえば、アメーバーが光に反応してその方向に向かう、というような。
        そのように、ある事象を検知(センス)してから、それへの対応(アクション)は、様々だろう。正解もあれば誤解もあるだろうがそれは結果論で、 色々な対応の内、たまたま地下に潜ったものが生き残って世代を重ね、その結果が表出したに過ぎないと思う。
        この場合、20cm地下に潜るという対応が正解だったというわけだ。 アメバーも、光の方向に進んだもの(そのような遺伝子を持ったアメーバー)が生き延びて世代を重ねたということだ。 アメーバーは、何も考えてそうしたわけではない。結果がそう見えただけである。 遺伝って、そのようなものではないだろうか。即ち、適者生存の現れということだ。
        このような世代交代を組み込んだ自動装置が、進化の源だということは面白いと思う。 進化とは、「ホメオスタシス」の指令と世代交代という時間変化の結果の表出と言えるわけである。・・・神の出番はなさそう。
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