プレ旅支度
2020/03/09 石井ト
先月、同期の浅井さんから、あるエッセイ集を紹介いただいた。
倉重輝明氏が著わされた「九十歳卒寿の卒論」と題したエッセイ集だ。
氏は1931年、大阪生まれの方で、大企業の経営幹部を務められ、今は悠々自適のご隠居だ。
我々からは7年先輩だが、先行きの見え隠れする身としてはほぼ同世代だから、その卒論、興味を以て読んでみた。
大きな字だし、あっという間に1時間ほどで読み上げた。中々面白い。同感随所、違和感皆無だった。
皆さんにも関心のある内容だと思うので、その中から、幾つかピックアップして紹介しよう。なお、引用文末に所感を括弧書きした。
- 二「ハッピーエンディング」という節から
- お寺さん達は死んでから後の葬儀、墓守り、法事等にたいするサービスは手厚いが、生存中の関わりは薄い。
私は信者ではないが、洗礼を受けている妻の様子を見ていると、キリスト教の場合は、むしろ生存中のサービス、
死に臨む心構えの準備に重点を置いているように思える。
お寺さん達も、もう少し生前のサービスを心がけたらいいのではないか。
(所感:同感至極。せめてお経を国文に直して欲しい。)
- 八「老い支度」という節から
- 住まいの場所:夫婦どちらかが介護を要する事態になった時、長期にわたる老々介護は困難というより無理であり、
介護施設でプロの世話になることも想定しておく必要がある。(所感:その時考えようと思うが多分そうなる。)
- 生活環境:前面電化、個室化、夫婦円満の秘訣は、適当な距離を保ちつつ、かばい合い、お互いの自由を尊重すること。(所感:自信あり。)
- 活動:男の中には、掃除、洗濯、料理といった家事が全くできず、それを自慢げに語るのが結構いる。
この種の男は、女房に先立たれると、生活の自立能力がないのでダウンしてしまう。
家事ができないというのは、できないのではなく、やらないだけのことである。(所感:耳が痛い。でも自信あり。)
- 交友:問題は、現役時代と異なりその気で努力しないと続かないし減っていく。(所感:同感至極。)
- 九「旅支度」という節から
- 身辺整理:自分で廃棄する決断が必要(所感:難事業で自信がない。)
- エンディングノート:死亡連絡先ノート、葬儀に関する希望内容、不動産内容、権利書保存場所、
金融資産口座・クレジットカードリスト、通帳印鑑の保管場所、自動引き落とし先リスト、履歴概要(所感:自信あり。)
- 遺言公正証書(所感:同感必為。)
- 延命治療回避(所感:同感必為。)
- 十六「戦争、戦後の復興」という節から
- 核廃絶なんてありうるのだろうか?「俺たちはもつが、お前たちが持つと危ないからもたせない」という論理がいつまで通用するのか?
宗教間の争い、国境、異民族間の争い、富や資源の偏在といったものが存在する限り、
今の人類の知恵では、恒久的平和などは幻想ではないか。
うっかり手出しをしたら大けがする、という抑止力のバランスで何とか小康を得続けることしか考えられない。
特に日本は核をもった無法者たちに囲まれて、油断も隙も見せられない、世界唯一の環境にある。
何とか争いに巻き込まれず、国を守る手立てを冷静に講じなければならない。
平和のプラカードを掲げてデモっても、その先の具体的手段を講じなければ空念仏で何の足しにもならない。
平和を祈る情念だけでは現実は動かない。(所感:同感至極。)
以上、特に同感の箇所を抜粋した。・・・もっと知りたいなら言ってくれ、お貸しするから。
私もそろそろ氏の云われる旅支度をしなければと思っている。
だがその前に、未だ見てないものを観たいとの願望がある。
未練な話だがそれは、NHKBsでやってるグレートトラバースに繰り返し出てくる北アルプスの稜線からの眺望を一目みること。
今更、自力で登山する体力はないから、ケーブルカーのお世話になってでも見てみたい。
多分、それが唯一アクセス可能な方法だろう。他に選択肢がないのは寂しいが、不可能ではないことが嬉しい。
唐突だが、死を意識したときの人の振舞いは、思いを残さないように振る舞うことだろう。
例えば1000年程昔、和泉式部は次の和歌を詠んだ。
あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの あふこともがな(百人一首より和泉式部)
と詠った。「あらざらむ この世のほか」とはあの世のことだから、今流にいえば、冥途の土産にもう一度あなたに逢いたい、という歌意だ。
その本歌取りで、私は、
あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 北アルプスに 一目ともがな
だ。
レンタカーで新穂高温泉に行き、一泊して翌日、新穂高ロープウエイで標高3000メートル級の北アルプスが一望できる展望台に行くという構想で今年の初秋ころ、
実現したいと思っている。・・・有志で行こう!・・・この世のほかの思い出に・・・。
それからもう一つ、近くにある「ひだ宇宙科学館カミオカラボ」で、ニュートリノの観測装置「スーパーカミオカンデ」について解説を見たいとも思っている。
・・・孫連れでもいいようにしようか?・・・彼らが感動すれば仮令僅かでもブレークが期待できるから。
2〜3日前、NHKで「ギフテッド」を取り上げた番組をやっていた。ウイキペディアによると、
ギフテッド(Gifted)、知的ギフテッド(Intellectual giftedness)とは、先天的に、平均よりも、
顕著に高度な知的能力を持っている人のこと。または、先天的な、平均よりも、顕著に高度な知的能力を指す。
外部に対する世間的な成功を収めることではなく、内在的な学習の素質、生まれつきの学習能力を持っているということである。
ギフテッド (gifted)は、贈り物を意味する英語の「ギフト (gift)」 が語源であり、神または天から与えられた“資質”、
または遺伝による生まれつきの「特質」と言える。
IQ(知能指数)で言えば、130を超える人達のことだそうだ。私が思い当たるのは、最近では「ホモ・デウス」を書いたユヴァル・ノア・ハラリ、
それから、コンピュータの基本設計をしたフォン・ノイマン、相対論を発見したアインシュタイン、作曲のモーツアルト、大村益次郎、
将棋の加藤一二三、数学者のガウス、物理学者のファインマン。
身近な人では、同期の荘島君がそうではないかと思う。理由は、同期の誰かが語っていた話を脇で聴いていて吃驚したが、
彼はその友人に、「一度読んだ本は全部覚えている」と告白したそうだ。
それを聴いてフォン・ノイマンの写真的記憶力の話と同じだと思い驚いたのだ。
私自身は彼とは話しをしたこともなかったが、こんな告白は体験者以外は思いつかないことだから、本当の話だと思う。
だから彼が東大に入ったのは楽勝だったことだろう。・・・学習塾泣かせだよね。俺たちがいるからいいけど。
面白いのは、IQが130を超える人は全人口の2%程度はいるとのこと。
・・・だから、我々の孫の中にギフテッドがいる可能性は2%程度あることになり、
カミオカラボを見せる意味があるとなるわけだ。・・・最後の仕事、やろうじゃないか!2%の確率で可能性が湧き、
その中から大発見へのヒットがゼロ以上の確率で期待できるから。ゼロとゼロ以上(ゼロを含まないゼロ超えの意)では雲泥の差だ。
ゼロは停滞を意味し、ゼロ以上なら進歩を意味する。時間と母数の大きさから進化論と同じ考え方でそう言える。
・・・斯くて我々の旅支度に先立つ行動も自己満足にとどまらず、人類史的意味を持つこととなるのである。・・・その後は安心して邁進できるだろう。旅支度に。
おまけに音楽にリンク張っておこう。音楽は「瀬戸の花嫁」だ。瀬戸の花嫁では、あなたの島へお嫁に行くの・・・と歌い、瀬戸は夕焼け、明日も晴れると終わるが、
我々も似たようなもの。だからリンク張る気分になった。音源は、ブラジルの日系人の8歳の少女が歌うもの。名前は、"Melissa Kuniyosi"。
中々の歌唱力だよ。美空ひばり級かも。矢張りギフテッドなのだろう。
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