- 発端
きっかけは月刊誌「文芸春秋」の昨年11月号。文芸評論家、伊藤氏貴さんがコラム「高校国語から『文学』が消える」で<中島敦「山月記」や漱石「こころ」のような、
日本人なら誰でも読んだことがある文学作品が、契約書やグラフの読み取りに取って代わられる>と警鐘を鳴らし、大きな話題になった。
文科省は、授業から文学作品が消えることはありませんとし、昨年2月に発表された新学習指導要領改定案によると、国語の必須科目は「現代の国語」「言語文化」の二つになる。
前者は論理的、実用的な文章を扱い、文学は扱わないが、後者では古典から近現代までの小説、詩歌を扱う。
ただし、選択科目は「論理国語」「文学国語」「国語表現」「古典探求」の四つで、履修パターンは学校に任される。このため、大学入試を目指す進学校は「論理国語」と「古典探求」の組み合わせを選択し、
生徒が文学に触れる時間が大きく減るのでは、と案ずる声も文学者の間にある。
- 反響
日本文芸協会は1月24日、声明を発表。
<実学が重視され小説が軽視される、近代文学を扱う時間が減るなどの危惧を訴える声>が多くの作家や有識者から上がっていると指摘し、<おそらく戦後最大といってもいい大改革>
<日本の将来にとって大変に重要な問題をはらんだ喫緊の課題>という認識を示した。
- そも文科省の「国語改革」のきっかけは何?
文科省の「国語改革」のきっかけは、経済協力開発機構(OECD)の国際調査「生徒の学習到達度調査」(PISA)だ。2015年の調査で「独解力」の平均点が前回より低下し、順位も8位に落ちた。
いわゆる「PISAシャオック」だ。
PISAは地図や図表をなど複数の資料を読み解かせるなど「これが国語?」というような問題が多い。日本は記述問題に無回答の生徒が多いことも分かった。
- 文科省の対応策
そして打ち出されたのが新学習指導要領だ。
狙いは「思考力、判断力、表現力の育成」。新設の「論理国語」について文科省は「実社会において必要となる、論理的に書いたり批判的に読んだりする力の育成を重視した科目」と説明する。
この方向性を評価するのは立正大文学部の野矢茂樹教授だ。それによると、
「『山月記』や『こころ』を読まない高校生が登場していいのか、
という批判は、高校生にモーツアルトを聴かせなくていいのかというのと同じです。文学作品の鑑賞は選択科目の音楽や美術に近い。文学作品に触れることは大事ですが、
今の時代に必要とされいるのはむしろ、論理的な文章を読んで的確に内容をとらえ、分りやすい文章を書いたり、開いてにきちんと伝わるように話したりする『普段使いの国語力』です。」
と語り、こう続けた。
「日本では長く『あ・うん』のコミュニケーションが重んじられてきました。しかしそんな”仲間内の言葉”しか使えず、異なる考えを持つ相手を『話の分からないやつ』と切り捨てていては、
ますます排外的、排他的になってします。・・・仲間内の外側まで届く言葉で書き、話す訓練が必要です。」