- 総論
固体物理学の世界で静かな「革命」が起きている。
電子が強く相互作用を及ぼし合う「強相関電子系」の物理学を基礎に既成概念を覆す新物質が次々と見つかってきた。
理化学研究所創発物性科学研究センター(CEMS)を率いるセンター長の十倉好紀は先駆者。
「創発的電磁気学」と呼ぶ新たな学問の建設を目指す。
- 固体内の電子が互いに強い作用を及ぼす強相関電子系の物理学を開拓
- 既成概念を打ち破る物性を示すさまざまな新規物質を発見してきた
- 未来の情報処理やエネルギーに繋がる新電磁気学の構築に力を注ぐ
「磁石がくっつく。誰もが当たり前だと思っているが、こんな不思議なことはない」と十倉は言う。
身の回りにあるありふれた磁石(強磁性体)は隣り合う電子のスピンが同じ向きに整列し、全体として強い磁力を作り出している。
これは量子力学的な現象が室温で発現していると云える。
量子現象という点では、極低温で量子力学が顔を出した電気抵抗がゼロになる超電導と基本は同じだ。
量子力学的な現象が個体の表面や内部で不思議な姿をまとって現れる。
十倉がセンター長を務める理研の創発物性科学研究センター(CEMS)は、
そうした新規な現象を創発的に生み出す様々な物質を量子力学的な理論を軸にして次々と発見している。
その中でいま最も世界の科学者から注目を集めているのが「スキルミオン」だ。
スキルミオンは磁石の中で、数千個の電子スピンが集まり、安定したひとつの粒子として振る舞う。
直径は数nmから100nmほど(石井ト註:nmは10-9m)。
スキルミオンを構成する電子スピンは渦状をなし、周辺は上向きスピンだが、中央に近づくに従ってスピンは徐々に横向きに倒れ、中心では下向きになっている。
- 次世代メモリーが実現可能
スキルミオンは非常に微弱な電流によって移動させることができ、スキルミオンの有無を情報の「1」「0」に対応させれば、極めて大容量で、
低消費電力の次世代メモリーが実現可能と期待される。
CEMSでは、スキルミオンに関する基礎研究に取り組むとともに、物質・材料研究機構(茨城県つくば市)と連携してメモリーへの応用の道を探っている。
物質の創発的な働きは蒸気機関や原子力などの従来システムとは異なるエネルギーに繋がる。
十倉はいま、スキルミオンと並んで「トポロジカル絶縁体」と呼ぶ物質に注目する。
電子の状態をトポロジー(位相幾何学)の視点から理解することで「まったく新しいステート・オブ・マター(物質の状態)が見つかり、
既知の現象も新たな顔を見せる」と十倉。
トポロジーの視点は固体物理学に新しい革新の波をもたらしている。2016年のノーベル物理学賞では、
トポロジーの概念を最初に固体物理に持ち込んだ科学者が栄誉を手にした。
固体物理学は量子力学の目で物質内の多体相互作用を調べる科学だといえる。「多」が集まるとそこに新しい物性が自然に出てくる。センター名にある創発だ。
- 使命は新電磁気学の建設
新たなコンセプトを具現化する物質を見つける。飽くなき追求の繰り返しで強相関電子系の世界に沃野を切り開いた。
十倉の視線の先に「第3のエネルギー革命」を据える。
蒸気機関、原子力と異なり、力学的なエネルギーを介さないで、個体・分子間の電子の創発的な働きを情報処理やエネルギー転換に直接利用する。
それが新たなエネルギー革命をもたらすとみて、その基盤となる「創発的電磁気学」の建設がCEMSに課せられた使命。十倉はそう考えている。