山紫に水清き

徳永 博
先月、事務所の会長が、出身の北大スキー部同窓会で講演し、その後出席者全員で「都ぞ弥生」を合唱するから、君も提琴を担いで来てくれ、と懇願とも業務命令ともつかぬ指示があったので、その日は愛器「トーイチ」の調弦を丁寧に行い、いそいそと会場の東京駅北口のサピアタワー10階の北大東京事務所談話室「エルム」へ出かけた。
我が事務所の会長は、昭和13年北大予科入学、18年北海道帝国大学工学部電気工学科卒後、海軍技術中尉として鹿屋基地で終戦を迎えた古強者で御年92歳、北大スキー部の大先輩が恵迪寮の生活から戦中戦後の激動期の体験を語るとあって、談話室「エルム」は大入り満員だった。この北大スキー部は夏の間は水泳部に変身し、既に百年の歴史を誇り、分厚い記念誌には、中谷宇吉郎博士や三浦雄一郎氏の名前もある。三浦氏もこのスキー部同窓会の常連だそうで、この日もおいでになるかと期待していたが、たまたまブエノスアイレスのIOC総会で2020年オリンピック開催地が決定する日で、NHKがこの日の為に設けた東京会場の方に招かれて、不在だった。
会長講演の後、北大出身でもない私が紹介されたので、持参の提琴を高く上げて、「これは8年前、94歳で他界した伯父が、五高寮歌『武夫原頭に』を弾くように、と形見にくれたバイオリンです。」と愛器を披露したあと、「都ぞ弥生」を弾きに掛かった。会長を始め恵迪寮で青春の日々を送った元若者たちが、それに続いて高歌放吟したのは言うまでもない。いずれも馬齢を重ねた老人たちが、年甲斐もなく歌に酔う姿は、何とも言えず微笑ましかった。
佐高時代、旧制高校の寮歌はすぐに覚え、よく歌った。石井や村岡、大島等生徒会総務委員が校長室に押しかけて、宮田校長に夜間ストームを許可しろと談判したのに、「薄暮ストームしか認めない」と拒否され、西校舎端の生徒会室でくやし泣きしたことも、昨日のことのように思い出される。そのストームで歌ったのは、寮歌では一、三、五、七高校寮歌、旧制佐高寮歌「南に遠く」、旅順高校「窓は夜露に濡れて」、そして北大予科「都ぞ弥生」だった。旧制高校の華、いわゆるナンバースクールの内、一高「嗚呼玉杯に」、三高「紅燃ゆる」、五高「武夫原頭に」、七高「北辰斜めに」は卒業後五十年経った今でもすぐに歌えるが、偶数高、二、四、六そして八高については、歌詞はおろかどんな寮歌があることさえ知らないでいることに、今頃になって気がついた。これでは、その名も高き旧制偶数高、そして仙台、金澤、岡山そして渋谷に対して失礼ではないか、と寮歌音痴の端くれである私が思い至った次第である。
そこでまず、仙台から始めようと、旧制二高または東北大学出身の先輩方に当たりをつけようとしたが、私の周辺には誰も居ない。テレビドラマ「踊る大捜査線」の室井警部が東北大出身であることに気付いたが、この警視庁エリートの堅物は、ドラマの中で母校寮歌を唱うようなことはしない、また緊迫した刑事ドラマ自体、そんな雰囲気ではない。いっそのこと、佐藤宗幸が歌う「青葉城恋歌」でもって、二高寮歌に代えようとも思ったが、これでは続く金澤、岡山では種切れになってしまう。思案の末に思いついたのは、パソコンで「二高寮歌」を呼び出すことだった。
すると出てくるわ出てくるわ、一時期日比谷公会堂で行われていた「全国寮歌祭」で、功名遂げた老人たちが歳甲斐も無く敝衣破帽で蛮声を振り上げる姿や、高名な女性歌手が伯父を思い出してか、「ああ玉杯」や「窓は夜露に濡れて」を切々と唱うものまで、You Tube 付きで続々出てきた。その中から「懐かしの旧制高校寮歌」という項目を見つけ出し、TAKECHAN という奇人が田安オペラ調で唱う二高明善寮々歌「山紫に水清き」を呼び出して聴いてみた。明治40年作だから「紅も燃ゆる」や「都ぞ弥生」とほぼ同時期の詠嘆調だが、どうも歌いにくい。幾度もリプレイしてバイオリンで弾いてみるが、どこかで他の歌に乗り移ってしまい、完結しない。仕方なく手製の五線紙で音階、テンポを丁寧に写し取って、ようやくものにしたが、三高や北大予科に比べれば、歌詞、歌曲ともに明快でない、やはり東北地方のズーズー弁が災いしているのかと思ったが、これを言うと宮城や岩手の人達に失礼なので、今は苦労しながら、「山紫に 水清き」を人様の前で弾き語りできるよう、提琴の稽古で頑張っている次第である。
この歌詞を次に掲げることにする。佐高同期の方で、歌える人はどうか教えて欲しい。
第二高等学校明善寮寮歌(明治40年)
1 山紫に水清き
郷は名に負う五城楼
向上の主義自治の精
高き理想を胸にして
健児一つに睦み合う
明善の寮我が棲み家
2 流れてやまぬ広瀬川
朝な夕なの我が教え
ほととぎす鳴く青葉山
緑は変えぬ我が操
宮城の萩の露に照る
月を鏡の我が心
3 向う愛宕の丘の上
遠く眺むる海原の
広き深きに学ばずや
玲瓏(れいろう)高き大空の
果てなきはてに行く雲を
望みの翼(はね)と観ぜずや
4 孤燈の下のはげみには
すぐれし世々(よよ)の跡慕い
いろりの縁の団欒(まどい)には
嬉しき友の情け汲む
愛と望みと光との
宿明善の寮幸く(さきく)
この二高明善寮寮歌をものにした後、四高以後の偶数旧制高校の寮歌、学生歌に辿りつくのは、何時になるだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
コメントはこちらへメールして下さい。その際、文中冒頭に「HPコメント」と記して下さい。 Email
 

<コメント欄>   当欄は上記のメールをコメントとして掲示するものです。