7月豪雨による熊本県の被害は人災か

令和2年7月吉日
 山下 永二
今年の7月3日〜中旬に熊本県を中心とし中部地方などに線状降雨帯による集中豪雨が襲った。 中でも熊本県は、球磨川の12ヶ所決壊・氾濫により死者65名、行方不明2名と死者一桁の他県に比し圧倒的に被害が多く、 昭和40年の大水害を超える最大の被害を被った。なぜ熊本県だけがこんなに被害が多いのだろ?
  1. 過去の球磨川の氾濫
    • 球磨川は、最上川、富士川と並んで日本三代急流と云われ急流河川であり、 降雨量も多く台風の常襲地域で古くから洪水被害を度々受けていた「暴れ川」としての地域的要因があった。
    • 過去の被害状況
      豪雨による昭和40年7月戦後最大といわれた被害は、洪水1,281戸流失、人吉周辺約13,000戸浸水。続いて昭和46、47、48、57年豪雨洪水、 平成になって平成16、17、18、20、23、24年台風・豪雨被害、そして今年7月は死者65名、不明2名、全壊1,860、浸水約12,600と昭和40年を上回る被害となった。 これだけ続く台風や豪雨の度に発生する多くの被害をなぜ防げなかったか?
  2. 「脱ダム」が政治課題になった。
    田中康夫 長野県知事が平成13年に「脱ダム」を宣言してから政治課題になり、公共事業の見直しが行われるようになった。 平成21年民主党政権が誕生し、鳩山政権は、「コンクリートから人へ」のスローガンのもと公共事業を変換して、 前原国交省大臣は東の「八ツ場ダム」と西の「川辺川ダム」建設を中止した。 「八ツ場ダム」は地域住民と周辺1都5県の知事の反対によってダム建設は復活した。 昨年の19号台風による利根川下流の氾濫を回避して周辺県民の被害は免れた。
  3. 熊本県民は、球磨川ダム建設により被害を受けない農水・漁業や観光を望み世論の影響もあって85%は「脱ダム」が民意だった。 平成20年の知事選では蒲島郁夫氏が県民の圧倒的支持を受け知事に就任した。 蒲島知事は、「ダムによらない治水を行う」を掲げ「脱ダム」を政策とした。 知事は、在任間県内のダムについて、荒瀬ダムの撤去と川辺川ダム計画の中止を行った。
    • 球磨川下流の荒瀬ダムの撤去
      荒瀬ダムは、水力発電を目的に昭和30年に竣工され、平成24年の撤去工事まで62年間ダムの役割を果たした。 蒲島熊本県知事は、平成22年2月に荒瀬ダムの撤去方針を決定し6年かけて平成30年3月に撤去完了した。
    • 川辺川ダム計画の中止
      川辺川は「五木の子守唄」で有名な五木村の上流から流れ人吉で球磨川に合流している。 昭和38年から3年連続の豪雨による大水害があり、昭和40年当時の県知事が多目的ダムとして川辺川ダム建設を国へ要請した。 昭和44年に建設が着手され、平成20年では約70%まで進捗していた。 当選したばかりの蒲島知事は県民の「ダム不要」の世論に圧倒されて、自然環境の保全等のため建設反対を表明した。 翌年 平成21年9月 民主党政権の前原国交省大臣によってダム建設が中止された。 そのまま建設続行していれば平成17年には完成し、その後の水害は免れていたであろう。
  4. 「ダムによらない治水」とは?
    知事は検討会を設け、ダムによらない治水対策は、@放水路 A遊水池整備 B河道の掘削 C引堤 D堤防の嵩上げ  E既存ダムの有効活用 F森林保全 G洪水予測などが考えられたが、いずれもダム建設相当又は以上の財政負担がかかった。 なぜか在任間治水対策はとらなかった。
  5. ダムは洪水を防止できるか?
    国交省の資料によると日本のダムは2,755あり熊本県は36あり全国的には少ない方である。 ダムの目的は、@洪水調節 A流水の正常な機能維持 B農業用水 C水道用水 D工業用水 E発電の六つある。 川辺川ダムを継続して建設しておれば、この7月大洪水には@洪水調節 A流水の正常な機能維持の働きによって球磨川の決壊は阻止できただろう。 氾濫も流水調整により最小限に防止できた。現に関東では八ツ場ダムの建設続行により、昨年の台風・洪水に利根川の氾濫を回避できた。
  6. 人命救済と「脱ダム」
    多くのダム反対住民と人命救済を叫ぶ少数住民の間に重要な政治判断が必要であった。 民主主義は多数意見が反映されるのが常識だが、人命に関わることとなれば、多数決の民主主義とは異なる次元の問題で政治的解決が必要である。 県知事は「ダムによらない治水」の政策を掲げながら、平成20年に知事に選ばれて以来今年3月 四選されるまで12年間ダムに代わる治水工事を行わなかった。 脱ダムと建設事業見直しの政治ムードの中、県知事の自然環境保護、災害に関する無策と県民の利益優先意識が水害による人の命を守ることができなかった。 人災と云えよう。
    災害に対する認識が甘かったのか今日の熊本県水害が増大している原因になっている。 多数を占める農・漁業、観光を主として生きる住民はダム建設により不利益を受けるため反対するであろう。 これに反して人吉地区の球磨川氾濫により度重なる風水害で死者まで出して苦しむ少数派の住民は、民主主義の社会でははじかれる運命にある。 知事の「ダムによらない治水」の政治的判断は正しかったのであろうか。 「脱ダム」に捉われることなく人命尊重を優先することが知事の使命であったろう。
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