【花】No33 ヒガンバナ

令和2年9月29 大野弘雄
佐高8回生の皆さんお元気ですか? 久し振りに花シリーズをお届けします。今日はヒガンバナです。
日本では秋の花として親しまれる彼岸花(ひがんばな)。 別名、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)とかリコリスとも呼ばれ、日本特有の「彼岸」の時期に咲く花として知られています。 私は子供の頃お寺の墓の周りに咲いていた「赤い花」として記憶に残っています。
彼岸花はヒガンバナ科・リコリス属に分類される球根植物です。 日本や中国に広く自生し、秋の彼岸の期間(秋分の日を入れた前後3日間)だけに花を咲かせることに由来して名付けられてます。 9月頃になると赤や白、ピンクなど花を咲かせるのが特徴です。
彼岸花は「まず花が咲き、後から葉っぱが伸びる」という通常の草花とは逆の生態をもっています。 その葉と花を一緒に見ることがない性質から「葉見ず花見ず」と呼ばれ、昔の人は恐れをなして、 死人花(しびとばな)や地獄花(じごくばな)などと呼ぶこともありました。 今年は気候のせいで時期がずれお彼岸の頃には見られませんでした。お彼岸を過ぎて、家の庭とか近くの川の土手や道端に咲いている姿を撮りましたのでご覧下さい。
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長崎物語
石井ト
大野君の投稿頂いて、昔流行った「長崎物語」という曲を思い出しました。 この曲は、もともと昭和14年に由利あけみの曲として発表され、戦後昭和22年、 水島道太郎、折原啓子主演映画「長崎物語」でも使われ、ヒットしました。
歌詞が、出だしで「赤い花なら曼珠沙華・・・」と歌うので、この投稿を頂いたとき、自然にメロディと共に思い出されたわけです。
由利あけみって、生まれが大正2年だから、我々の母の世代の人で、小生、余り知りませんでした。でも、レコードの声を聴くと、眞に聞き覚えのある声でした。
今聴くと、少し煽情的って感じですよね。調べたら次の通りでした。
「広島県出身。高等女学校卒業後、建築家を目指して日本女子大学に進むが、兄の勧めで東京音楽学校を受験して合格、同校卒業。 卒業後は女学校の教師になるが、歌手に転向する。」(ウイキペディアより抜粋)
結構な才媛の人でした。
この曲は、渡辺はま子もカバーしていて、どちらも素敵です。作詞、作曲もいいです。 二つともリンク張っておきますので、聴いてみてください。 幼かった頃が思い出されるでしょう。
由利あけみ版は、ここをクリックのこと
渡辺はま子版は、ここをクリックのこと
後者の方がパンチが利いてる感じだよね。一言で言えば、「小気味よい!」かな。
渡辺はま子は、美貌で知られた歌手で、母方の祖父がアメリカ人だった。(ウイキペディアより)
小生が若いころ、お袋が言った、「渡辺はま子って美人じゃろうが!」と。突然で吃驚した。「えっ!」と聞き返したほどだ。そんな風には見てなかったし、 第一顔も知らなかったから。だが今見るとお袋の言う通り美人だと思う。 彼女の歌唱力についてもコメント聞いておけばよかった。後の祭りだが・・・。高峰三枝子はフアンだったと思う。 ナツメロを聴くと、いつも餓鬼の頃が懐かしくなる。・・・昔の歌手は知性があったな!・・・。歳の所為かも知れないがそう思ふ。

ところで、由利あけみ版と渡辺はま子版では、前者にある3番の歌詞が、後者にはない。 凄くいいところなのに、どうしてカットしたのだろう? 惜しいから、その3番を書き出しておく。
小生の記憶では、この3番はあったから、餓鬼の頃聴いたのは由利あけみ版ということになる。 ただ、記憶では、「南京煙火に 火がそれて・・・」と憶えていたがね。今回、初めてちゃんとした歌詞に巡り合えたというわけだ。 大野様様である。

坂の長崎 石畳
南京煙火に 陽が暮れて
漫ろ恋しい 出島の沖に
母の精霊が あゝ流れ行く
ララ 流れ行く

いい歌詞だよね。
(2020/09/29)