佐賀便り・佐賀日和

 
桑原峰征
天気にも恵まれ、5月13日から16日までの佐賀への小旅行は、予想以上の収穫でした。
故郷での二日間に亘る同窓会だけに幹事の方々のご苦労と心配りに深謝申し上げます。 腰痛を押して参加した甲斐がありました(井上律史君との少年期をあらためて偲ぶ縁でもありました)。
 
昨年に続き、備忘録的に項目別に羅列下記します。
  1. 同窓(旅行)会
    • 40名の参加は過去最高人員、今回が事実上最後の全国同窓会。
    • 魚住君の復帰、快哉! 一方天敵?徳永君の不参加は意外で、少し調子が狂った(バイオリン事件以後、彼が私を天敵と命名)。常連の石井(俊)君・名古屋組の西本・大野ご両人も不参加。一年間は長いようで短いようで、何がしか変化。心なしか坂本君の出番も減少。副島君の社会貢献の熱意は衰えず、謂わば布教を思わせる精力的活動に、脱帽! 女性群はいつも変わらず華を添えてくれて若やぎます(セクハラ表現との誹りは承知。因みに私は男子校であった高校同窓会には出ていません)。
    • 佐賀での会は、他所者意識から解放され、集合場所での「佐大附属中・・・」表示にも自然にドヤ顔?
    • 二日目の柳川川下りは、川面を渡る柔らかい風と船頭さんの名調子に心身共に和ませてもらいました。特に船頭さんの「綾小路きみまる」風の軽口には笑いが絶えませんでいた。
    • 佐賀牛/柳川うな重せいろは、初めての食味でした。
    • 行事最後のバス降車別れ際の「ご縁があったらお会いしましょう」「ご縁を作りましょう」は忘れられない言葉となりました。
     
  2. 佐賀点描
    • 佐賀市内で、長い髪をなびかせジャンパースカートの裾を翻して自転車で疾走する女子学生が眩しい、思わず胸キュン(最近都内では殆どお目にかかれない、青春時代のセピア色の一枚)。
    • 盛り上がるような若葉の楠、緑多い佐賀の街に住みたいと思う、夜は暗いシャッター街に嘗ての「しろやま」「元町」の喧騒を重ねてみる。
    • 久しぶりに夜のバー。佐賀のバーにも外国女性。客数はまばら。
    • 附属小正門前で、登校中の生徒から挨拶され気持ちがいい。言葉づかいは、方言が少ない感じ。
    • お濠に蓮の花は見られない。ミドリガメにより全滅とか。タニシも大柄な外国からの闖入者。町中にも外国人をが珍しくない。
    • 農地は、全て麦畑。稲作全滅か早とちり。タクシー運転手に今は麦の刈り入れ前、そのあと間もなく田植え時期と諭される。麦秋さえ知らない無恥さが恥ずかしい。
    • 流れる川は、昔通りの清流。清流に生きるハヤの群れにホッとする。
    • 故郷は遠くにありて想うもの、そして訪れてみて来し方行く末を顧みるものかな?
     
  3. 私的行動
    • 今回同窓会では、極力お説教的言辞を封印するように意識(成果のほどは?)
    • 母方の墓参、岳父の墓参。いずれも細い入口の昔話にあるような山寺で初めての墓参。
 
とにかく、幹事の方々にはお世話になりました。 これからも、皆様とのご縁がありますように。
 
 
追記
大事なことを忘れていました。
  1. 天敵君不在に気持ちが入りすぎて、通年幹事?でもある伴奏者石井浩四郎君のハーモニカ熱演は特筆もの。彼の演奏技術の向上は疑いないが、下手な歌う側としてはバイオリン・ハーモニカ双方に合わせる必要が無く、歌いやすかった気がする(嫌味ではありません)。 石井君なくして、これまでの同窓会が成立していたかどうか、併せて深謝。
  2. 駅前に「佐賀の酒応援隊」の幟を立ている酒屋あり。東京では中々嗜むチャンスがない「東一」「能古見」「鍋島」(いずれも親父の故郷鹿島の酒蔵)を思う存分堪能しました(内緒にしたいが。取扱注意)。
 
 
 
 
 
 
 
 
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