追 憶

石井ト
随分昔の話だが、私が高校を出て1〜2年経ったころのことを思いだしたので記してみます。
ある日、悪餓鬼どもの誰かが、中学校の同窓会をしようと言い出して、一同賛同し、参加者を募ることにした。
そのため、どういう顛末でそうなったかは憶えてないが、同期の諸隈洋子さんの家に、仲間数人と連れ立って誘いに行ったことを憶えている。 彼女の家は、中の橋小路にある諸隈病院で、私宅は立派な玄関の家であった。
その言い出しっぺは確か馬場(馬場喜朗:故人)だったと思う。強硬だったな。
私は、「えっ!」と言ったが、彼は動ぜず、私も面白がって、仲間数人、確か4〜5人の男子生徒と連れ立って、行くことにした。 馬場の外には誰がいたか記憶が無いが、多分、末安、坂井、石井義彦辺りだろうと思う。
馬場の先導で玄関に入り、家人に用件を伝えると、入れ替わって現れたのが洋子さんだった。
彼女は、小学校から一緒だったので、よく知っているつもりだった。そしてその印象は、大人しいひと、というもの。 だが、現れた彼女は、普段着と思われる姿ではあったが、少し斜めに座り三つ指ついて一礼し「よくいらっしゃいました」と歓迎の挨拶をされた。 これ見て、驚いた。三つ指ついて挨拶される姿に普段知ってる彼女ではなく別人を見たからだ。 そこにいたのは、眞に遥かに年上のお姉さまだった。
返事の中身は憶えていない。 だが、豹変した彼女の姿に圧倒されてしまったことを憶えている。女は変わると言われるが眞にその通り、さなぎから孵った蝶を見たような50年程も昔の思い出である。 その後の消息は知らない。元気なら、馬場の話でもしたいもの。
この歳になると、そんな思い出が懐かしい。 そんな懐かしい思いを歌った曲がある。スペイン民謡「追憶」だ。 幾つか聴いた中で、鮫島有美子のが一番だったのでリンクを張りました。ここをクリック下さい
この曲を聴くと、不破正典(従弟にして八期生:既に故人)の母にして私の叔母を思い出す。昔、餓鬼の頃、叔母がハミングしていたのを聴いたことがあるからだ。
叔母は、音楽とは縁遠いお堅い家の人だった。だから、そのハミングを聴いて吃驚したので記憶に残っている。意外性はどうやら記憶を刻むらしい。 叔母は、成美女学校で習ったみたい。当時の音楽教科書の定番だったようだ。
 
 
 
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