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ネットから借用してみました。吉田博の「渓流」です。
素晴らしさを理解していただくため参考までに掲載しましたが、数日で削除します。
これ油彩でも水彩でもなく木版画です。
テレビでは、彼はそれまでは油彩や水彩でしたが、人生の後半から、木版に目覚め、
49歳にして木版画の工房を立ち上げたそうです。
きっかけは版画の版元(渡辺庄三郎という方)からの下絵の注文だったそうです。
彼にとっては版画は初挑戦でしたが、そんな彼に注文を出した版元も凄い!なら、
それを受けて立った方も凄い!の一言です。
この版画は、吉田自身が固い山桜の木を一週間かけて削り、その間、熱中する余り、奥歯を傷めてしまったそうです。
この水の色、素晴らしいですね。
渓流の渕の独特の緑がかった色が再現されてますよね。
小生、絵でそれを見るのはこれが最初でした。テレビ画面なので電磁的変換を経た色ではありますが、
魅せられました。
木版画って浮世絵でその頂点に達し、その後は無い、と思っていたのですが、この番組を見て、
まだまだフロンティアはあるのだと気付かされました。
木版画、見直されると思います。
油彩の場合、特に、印象派の油彩には、細部は書かれてませんよね。らしく見えるように誤魔化されている、
とは言えると思いますが。
そこへ行くと、木版画は一切誤魔化しは利きません。
そこがフロンティアの残る余地ではないでしょうか。
それに、色、木版画では「摺り」というらしいが、そこが生み出す色調の深さ、
この部分まだまだ未開拓ではないだろうか。
吉田博氏は久留米のご出身、わが故郷にも近いのが嬉しい。
彼は、明治から昭和にかけて活躍しましたが、日本画壇からは評価されなかったそうです。
反面、欧米では戦前から有名で、戦後、進駐軍の多くが彼の工房を訪ねたそうで、その中にはマッカサー夫人もおられたそうです。
独自の道を切り開いて、浮世絵にも勝る木版画を創生したことに敬意を表します。
今後、我が国でも、知られるようになるのではないでしょうか。
それにしてもアートって、凄いですね。作者の肉体は滅んでも、精神性は永遠、という感じです。
これからが、面白い!多分、教科書にも載るでしょう。
最後に一言、彼の絵の前には、黒田清輝の「湖畔」も影が薄くなるような印象でした。
日本画壇で活躍した人と、世界を舞台に活躍した人とが放つ光芒の差ということでしょう。
もっと言えば、売れるように描いた絵と、描きたいから描いた絵の違いかもしれません。
ここでは、前者を映画の看板、後者をアート、と呼びました。
久し振りに、絵の中に自由人を見た思いです。
北斎、ゴッホ、以来かな。自由とは、宗教や世の中のしがらみからの自由ということですが。
司馬遼太郎なら、空の人、と呼ぶかもしれません。
坂口安吾なら、堕落(おち)た人かな。
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