- 4月2日(四月の発句)
言霊の いる気配する 令和かな (石井ト)
(「言霊」って、昔、古文の授業で出てきたのが、最初の出会いで、そのときは、今はそんなものはもういない!という印象できいたことを憶えている。
だが、この歳になって、わが国では、まだまだ、衰えるどころか、ますます元気にご活躍、という印象だ。
「言霊」のなせる業は、例えば、自衛隊の護衛艦。これは英訳では"destroyer"(駆逐艦)だそうだ。
年号の方は、言霊がよい仕事をしたと思うが、護衛艦の方は、現実逃避の言霊遊びのような気がする。
言霊って、何だか亡霊に会った気分だ。)
- 4月3日
新元号 古文の授業 眠かった (さがん)
- 4月4日
念には念 入れたP/W 拒絶され (石井ト)
(パソコンの立ち上げでログインするとき、入力するパスワードが、ミスっていて、中々通らないことが多い。
自信もって、これは間違いないはず!と思っても、通らないことがあるのにはガックリだ。)
風呂上り 前後ろ事件 頻発し (石井ト)
(風呂上り、下着を着て、何だか首回りが不自由だと思ったら、前後ろで着ていた。・・・問題はその事件の発生頻度である。別に慌てていたわけでもないのに、
多発するのは、問題だ。だが・・・気づくだけいいとするか!)
言霊は ポップカッルチャーと 覚えたり (石井ト)
(言霊は日本人の無意識の意識、即ち、ポップカッルチャーということだろう。そうでないと説明つかないよ!
今、時の言葉的な存在である万葉集だが、ウイキペディアによると、次のような記述がある。
声に出した言葉が、現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発すると良いことが起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされた。
そのため、祝詞を奏上する時には絶対に誤読がないように注意された。今日にも残る結婚式などでの忌み言葉も言霊の思想に基づくものである。
日本は言魂の力によって幸せがもたらされる国「言霊の幸ふ国」とされた。
「万葉集」に「志貴島の日本(やまと)の国は事靈の佑(さき)はふ國ぞ福(さき)くありとぞ」 柿本人麻呂 3254)
「…そらみつ大和の國は 皇神(すめかみ)の嚴くしき國 言靈の幸ふ國と 語り繼ぎ言ひ繼がひけり…」 山上憶良 894)との歌がある。)
- 4月10日
外は重雪 内も気重の 誕生日 (石井ト)
(今日は、朝から雪がふっている。そしては私の81回目の誕生日でもあるのだ。・・・気が重い。)
花咲かす 能(わざ)一つなき 枯葉かな (石井ト)
(緑なす若葉なら花も咲かせる力を持つが、枯葉では無理。)
風吹かず とも降る旧る 雪に俺 (石井ト)
(本歌は、「花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり」(百人一首:藤原公経)」
歌意は、「ふりゆくものは、風が散らす花吹雪ではなく、私である」。「降る」と「旧る」の掛詞が面白い。)
- 4月14日
三年前は 末安までもと つい愚痴り (石井ト)
(3年前には不破と末安が逝った。実は昨日、葬儀で不破の妹に会ったが、つい愚痴が出た。)
- 4月15日
我が姉の 判官びいきな心意気 逝きて知る (石井ト)
(姉が亡くなったが意外な会葬者を見てそう思った。)
- 4月26日
花落し 素顔曝す 暮牡丹 (石井ト)
(牡丹は奇麗だが、2〜3日で花弁を散らし素顔を曝す。暮春である。)
- 4月30日
平成の 通信時代を 一言すれば
1Kで明け 4Kで暮れ (石井ト)
(モニターの解像度を1Kから4Kにするとは、2の二乗となることであるから、当然、通信量は1Kの場合の16倍となる。
4Kはその結果実現されたもの。更に8Kという声も聴かれるが、そうなれば通信量は六乗倍が必要となる。
通信は電波(光も含めて)を使うから、その振動数は1Kの場合を1とすれば、4Kではその四乗倍、8Kでは1Kの場合の2の六乗倍、即ち64倍が必要となる。
将来を予測すれば、電波の振動数は、理論的には無限大まであり得るのであるから、理論的には電波の枯渇はない。
問題は、ハンドリング技術がどこまで実現できるかで決まる。・・・令和の時代で多分、解像度は16K、32K辺りまで行くのではないだろうか。
そうなれば、通信量は1Kの場合の256倍、1024倍となる。
そうなればそのときの人類世界、どうなってるだろう???・・・私の乏しい想像力では及びもつかないが、IOTとAIが発達しその結果、一つのストーリーは人類は退化し始めるというもの。
そうなるとローマ帝国衰亡史の再現かも。・・・となると、ローマ人に代わる人種は何?・・・多分AI技術者集団だろう。昔でいえば神官だ。神官たちは神の代弁者を名乗ったのだ。
昔の神官と違うのは、昔のは意図的に代弁者を名乗ったが、AI時代の神官は、AIの指示を受動するだけだろう。・・・歴史は繰り返すだが、そこに大きな違いがあるといえる。
何故なら、何故AIがそう指示したかは、彼らにも解らないからだ。たとえば、AIが「XXを殺せ」と指示したら、そう実行されるとなる。
日本人はノーテンキだから、AIがそのような脅威になるとは思ってもいないだろう。10連休だなんて浮かれていてはいけないと思う。
もう一つのストーリーは、人類が二極化するというもの。
知的富裕層と、単純労働者層にである。前者に属する人は支配層を形成し、後者に属する人は被支配層を為すというものだ。
民主主義は形骸化するが生き残るだろう。何故なら、被支配層に属する人もそれなり豊と思える生活が送れるからだ。それなり豊とは、選挙権を持ち、
各戸には小さいながら住む家があり、自動車、電化製品を持ち、休日には旅行も可能、医療サービスは充実し年金すらもらえるなど、そこそこの生活が出来るからだ。
・・・人びとは自分が支配されてることに気づかないで幸せだと思うだろう。・・・狭いながらも楽しい我が家、ということだが、恐ろしく退屈だろう。
そのため人びとは「働かせろ!」と要求するようになり、・・・社会は不安定となる。)
通信は 信(よしみ)を通ずと 記するもの
よしみの信は 信頼の信 (石井ト)
(明日から始まる令和の和の成立要件は信頼ということ。和というと何だかわかったような気分になるが、その中身は信頼を大事にするということだと思う。
信頼は、家族の場合は家族愛、友人の場合は友愛、同胞なら同胞愛、など夫々の基盤(必要条件)なる。)