- 11月17日(金)
出発:最初の寄港地リスボンには明るい内に着きたかったので、正午に到着するEmirates航空で出発のため、関空へ。
関空へは名古屋からバス。バスは午後3時発で6時過ぎ関空着。飛行機は23時35分発なので、時間があり、関空内を探索。
夕食にうどんを食べ、宅急便で送っておいたスーツケースを受け取り、Emiratesカウンターでチェックイン。
11時前に搭乗。満席である。周りは殆ど日本人でツアーの団体客の様だ。
これから11時間、ドバイ迄。食事は2回出たが、それ以外は殆ど眠って過ごす。機体はボーイング777-300で、座席間が狭いので、十分な睡眠姿勢が取れず。
- 11月18日(土)
現地時間朝5時半にドバイ着。バスでターミナルへ。トランジットの人とドバイ止まりの人とは別々のバスで。タラップを降りたところに看板を持った係員が居り、振り分けていた。ドバイ空港は広くて、バスに乗って15分以上してやっとターミナル到着。すぐに手荷物検査。ここで検査があるとは思っていなかったので多少慌てて、大事な財布を落とすところだった。
7時35分リスボンに向けて離陸。機内はほぼ満席だが、さすが日本人は数える程。
リスボンへは11時40分着陸。一番端のブースに到着したので、入国審査場迄延々歩かされる。
混雑する入国審査
審査場に着いたら,千人以上と思われる人の群れ。1時間15分待たされて、やっとポルトガルに入国。タクシーでホテルへ。16分ほどで到着。料金は20ユーロだが、小銭が無いので25ユーロ渡す。運ちゃんはにっこり。
予定ではチェックインタイム(3時)よりかなり早く着くはずだったが、空港で待たされたため問題無くチェックイン。606号室へ。
荷物を解き、長旅の疲れを癒す。
休憩後、受付に行き、市内ツアーについて、相談。4コースあり、1コース20ユーロで、一日中乗り放題。40ユーロ払い、2コース分確保。
夕食は近くのハンバーガー屋に行き、ビーンズバーガーとコーラで済ます。節約節約!!!
早めにシャワーを浴び、8時頃ベッドへ。
夜中2時頃、右足痙攣し,目を覚ます。中々収まらない。こんなに長く収まらないのは初めてだ。
何とか収まって寝たが、暫くして左足が同じように痙攣し、目覚める。さっきと同じように、暫く我慢して寝たが、2時間後に再び目覚める。その後は眠れなかったので、その日の行動予定を確認したりして過ごす。
- 11月19日(日)
朝7時に起きて、朝食へ。ホテル1階のレストランでバイキング式。アメリカン方式だ。
いよいよ市内ツアーへ。
近くのバスターミナルへ。Castle lineのバスに乗車。2階建てバスで、2階は屋根なし。
2階後部の席に座る。ほぼ満席。横の黒人がイヤホーンの使い方を教えてくれる。
イヤホーンジャックを座席の装置に差し込み、自分の聞きたい国を選択すると、母国語の案内が聴こえる仕組み。14ヶ国分有、もちろん日本語も。しかし私の席のものは、接触が悪く、ダメ。
レスタウラトーレス広場で下車し、ケーブルカーに乗ろうと探すが、町が入りくんでおり、聞く人もいないので、諦めて、次のバスでサンジョルジュ城へ。
ここでも、城への案内板は無く、ツアーバスで「坂を上りなさい」と云ったことを頼りに探すが、分からない。誰かに聞こうとトクトク三輪車のそばに居た青年に英語で聞いたら英語で答えてきた。
彼が云うには、このあたりも道は複雑だし、坂も多いので、私のトクトクで回ってあげるよ。しかも私のガイド付きでと。約2時間で、料金は50ユーロの所を40ユーロでどうかと言ううので、多少高いと思ったが、頼むことにした。
彼の名はYacob。フランス人で、一年前からリスボンに来て、働いてるとの事。
彼の案内で、サント・アントニオ教会、カテドラル,泥棒市広場、サンタ・エングラシア教会等見学。それぞれの歴史やエピソードなどを話したくれるので面白い。最後にサンジョルジュ城に入場に行く。
リスボン大聖堂
昼になったので、レストランへの案内を頼んだが、あいにく日曜日で休みの所が多い。結局、中華料理屋でチャーハンを食べる。
坂の上り、下りなどで疲れたので、ホテルへ。
休息しようとしたら、今度は両太ももが痙攣しそうになる。こ
んなことは初めてなので、何が原因だろうと考えた。
今回の旅では、水分はジュースやコーラでしかとっていなかったので、水気が不足していると判断し、ペットボトル水を多めに飲んだら収まった。今後気を付けよう。
- 11月20日(月)
昨夜は足の痙攣も無く、眠れた。
しかし、早く目覚めてから、眠れない。時差ぼけか?
今日はエルベ塔と発見のモニュメント見学に絞った。
9時半頃、バスターミナルに行く。20ユーロ出して、バスツアーに参加。
エルベ塔
途中で下車すると、町の中が複雑で分かり難いので、分かりやすいエルベ塔で下車。
ここは海岸通りなので、風が強い。気温は17度とバスは表示していたが、寒さを感じるので、リュックからダウンを出して着る。今迄ダウンは厄介者だったが、初めて役に立つ。
エルベ塔は元税関らしいが、お城のようにしっかりしている。
一応、ぐるりと全体を見たが、中に入れないのが残念。此処も観光客が大勢だ。
歩いて、ここより東側にある発見のモニュメントに向う。15分ほどで到着。
お馴染みの大航海時代を切り開いた偉人たちの像をじっくり眺める。
此処も人気があり、まあまあ人がいる。ここも中に入れないのが残念。
モニュメント前の広場に,大理石のモザイクで世界地図と各地の発見年号が記されている。
日本が発見されたのは1541年となっており、これはポルトガル船が豊後に漂着した年。
ホテルに戻るため、バス停へ。途中、お腹の調子がおかしくなったので、ホテルのトイレを拝借。
ホテル近くで、昼食用のパンと水を買う。
夕方、明日の朝オリエント駅に行くためのタクシーを予約。明朝8:00でOK
- 11月21日(火)
朝、7:45チェックアウト 今日はポルトへ
3日分の観光税3ユーロ取られる。リスボンだけか?
タクシーは既に来ており、オリエント駅へ
20分ほどで到着。12ユーロ。
2階に上がるべく、エスカレーターへ。2階は吹き抜けになっており、待合とATM、切符売り場の小屋があるだけ。切符売り場の場所をおじさんに聞いて、予約券を差し出す。日本で予約した時は指定席券料を現地で払って欲しいとの事だったが、指定料は取られず、乗車券をゲット。
プラットフォームは5番と売場のレディーが教えてくれた。
ポルトガル語は分からないが切符を見て、乗車車両NO.と座席NO.を確認。多少不安があったので待合室で、おじさんに聞いて私の理解が正しいことを確認。車両NO.が22だったので、22号車は前方か、後方か聞いたが、私の質問が理解してもらえなかった。まあ、何とかなるだろう。
出発まで、時間があったので、本を読み、10分前にフォームに上がった。
他のフォームに止まってる列車を見ても、車両番号の表示がない。近くにいたお嬢さんに聞いたが分からない。暫くしたら隣のフォームに列車が入ってきた。それを見てお嬢さんが、ほらあれよ!と教えてくれた。その列車には番号表示がある。長距離列車のみ表示だ。納得。有難う。
私が乗る列車が到着。運よく、22号車は私が居るすぐ前に止まった。乗り込む。スーツケースは入口近くの棚に載せ、席に向う。車両中央の窓側の席だ。さあ、ポルトへ。
予定通り出発。途中、良く手入れされた田園地帯を走って行く。いくつもの駅に止まるが、止まる駅のアナウンスはあるが聞き取れない。3時間位でポルトに着くと分かっていたが、近くになったと思われたので、隣のお兄さんに聞いたら、もう少しとのジェスチャー。何とか分かるだろうと少し緊張しながら、待っていた。
近くの席を見渡していると、一人のおばさんが私に笑いかけている。何かなと思っていると、私たち4人もポルトで降りるから、教えてあげるとジェスチャー。有難い。感謝!感謝!
近くの席を見渡していると、一人のおばさんが私に笑いかけている。何かなと思っていると、私たち4人もポルトで降りるから、教えてあげるとジェスチャー。有難い。感謝!感謝!
無事ポルトで下車。トイレに入ろうとしたら有料で五〇セント。あいにく1ユーロしかないので困ったなと思っていると、それを見た係りのおばさんが私の手から1ユーロを取り、料金箱に入れた。おつり50セントが出てきて、それを手渡してくれた。なるほど!!
タクシーでホテルへ。
チェックインは1時頃だったがOK。118号室へ。
昼食を取るため、近くのレストランを聞いたが、ホテル内にあるとの事。早速行ってみる。
お客は私一人だけ。ここ数日、ハンバーグ類ばかり食べているので、ピザを注文。
ややあって、出てきたのが、大きな皿に一枚もの。約半分食べたのみ。
部屋に戻り、リュックにダウンを詰め、サンベント駅とドンルイスT世橋に向う。
市内地図を頼りに歩く。リスボンに比べると道路は広く、歩きやすいが、坂ばかりで,急なのでかなり疲れる。
サンベント駅のアズレージョ(上薬をかけて焼かれたタイル)は大きくて素晴らしい。ポルトにまつわる歴史的な出来事が描かれている。暫し、見とれる。
駅を出てケーブルカーでドウロ川岸に降り、下からドン・ルイスT世橋を見る。パリのエッフェル塔を設計した人の作品だが、アーチが美しい。
その後、ケーブルカーで上に戻り、今度は橋を歩いてみる。かなりの人が橋の上を歩いている。
暫く、辺りの景色を楽しんでからホテルへ。
ボルトの電車(古い電車も現役)
- 11月22日(水)
朝、7:30起床、ホテルで朝食
午前中、市内ツアーバスで一巡し、ボルサ宮見学のため、途中下車。
地図を頼りに探すが、2度聞いてやっと到着。チケット売場で入場券を買おうとしたら、一人での見学はダメ、
ガイド付きのグループ見学だけだと言われた。私は一人だけど、どうしたものかと考えたが、どこかのグループに入るからと伝える。OK.
10分以上待たされて20人以上集まった所で、ガイドが来て、ツアー開始。ある程度人数が集まらないと、ツアーを始めないと言うことか。
ポルサとはポルトガル語で証券取引所のことで、最近まで使われていたらしい。
今2階はレセプションや会議などに使われており、内部は豪華絢爛で、床は木造で、アフリカ、ブラジルの木材が使われており、昔はポルトガルが相当な力を持っていたことが、しのばれる。
ツアーが終わり、バスでホテルへ。
昼食はホテルで、オムレツを注文。かぼちゃスープに始まり、オムレツ登場。とにかくデカイ!
全部は食べきれない。飲代など含めて20ユーロ。
午後は書籍数の多さとユニークな作りで有名なLello書店へ。
途中、クレリコス教会に立ち寄る。教会そのものはそんなに大きくないが、ポルトガルで一番高い塔が有名。塔に上るのは体力が要るので諦める。
目的の本屋は教会から近いはずだが、中々見つからない。
サーデン専門店(初めて見たが、山のように缶詰を飾ってある)のレディーに聞いてやっと分かった。地図では一軒建ての表現になっているが、3軒長屋の一軒の様な造りなので分かり難い。
入ろうとすると、入場券が必要と言う。近くの売り場で4ユーロ払って、入場。有名税?
ある程度の本を買えば、割引いてもらえるが。内部は大勢の人だかり。2階へ上がる階段が店の中央にあり、形がユニークなので、記念写真を撮ってる人もいる。一応、本を見て回ったが色々の分野の本が所構わず並べられている。日本の本はと探したが、一冊絵本らしきものを見つけた。荷物になるので、何も買わずに退散。
ユニークな本屋の階段
ホテルへ戻ろうと、もと来た道を戻ったつもりだったが、迷ってしまう。2度、店員さんやお巡りさんに聞く。みな親切に、しかも英語で教えてくれる。何とかホテルにたどり着く。
坂道の上りが多かったので非常に疲れた。
明日はいよいよSantiago de Compostelaだ。
- 11月23日(木)
6時30分に起床。朝食用に前日買って置いたサンドイッチを食べる。
そして荷造り。衣類が多いのか重い。長旅は最小限にすべきだった。
チェックアウト後、タクシーでPorto Campahna駅へ。
駅の窓口で、日本で予め手配していたチケットを見せると、13番ホームへ行けと言う。
エレベーターで降りて、探すが見当らない。戻って良く見ると全く別の方向にあるようだ。
念のため、近くにいた掃除のおばさんに確かめると、言葉が分からいとのジェスチャー。
するとそれを見ていた、近くのベンチに座っていたご婦人が立ち上がって助けてくれる。
フランス人だがスペイン語、英語ともに達者で、駅員に13番ホームの位置を聞いて、教えてくれた。非常に有難い。
13番ホームに着いたが、未だ出発まで時間があるので、ベンチで休憩。
ホームの電光表示板に乗換駅のVIGOと8:15発の表示有、一安心。
出発時間が近くなっても、列車は来ない。ふと電光表示板を見ると、先ほどと全く違う行先と出発時間が表示されている。
どうなっているのかと思っていたら、3両編成の列車が入ってきた。
乗り込もうとすると、VIGO行きは前の方だと年取った駅員がジェスチャーで示してくれる。
どうなっているのかと思いながら前方に進む。5,6人の他の乗客もそちらに移動。
前方の電光表示板を見ると、ちゃんとVIGO 8:15発の表示。暫くすると別の三両編成の列車が同じ線に入ってきて、少し前に来た列車と連結する。なるほど、途中迄一緒に走り、どこかで別れるのだと納得。しかし、よそ者には分かり難い。
予定より6分遅れで出発。乗客はバラバラで少ない。電化されておらず、ディーゼル車で喧しい。暫くディーゼル車の音を聞いていた。何処かで昔聞いたことがある音だなあと思っていたら、若いころ、佐賀で時々利用した気動車と同じと分かり、懐かしかった。
あと30分程でVIGO到着だなあと思っていたら、到着した駅で駅員にVIGOだから降りるよう促される。少し、変だなあと思いながら、降りて駅舎を見るとVIGOと書いてある。
すぐに分かったが、VIGOはスペインであり、ポルトガルとスペインは1時間時差がある。私はそのことを忘れていた。到着時間はスペイン時間で表示されていたのだ。
とにかく、スペインに入国した。通常は入国の審査があるが、ユーロ圏内は一つの国家と同じ扱いなので、フリーパスである。
VIGOで1時間ほど待って、スペインの列車で、目的地のSantiagoに向けて、12:30時間通りに出発。
車内はきれいで、乗客は少ない。VIGOまでのポルトガル鉄道に比べて、スペイン鉄道の方がサービスは良い。
社内放送はスペイン語と英語であり、到着駅の表示が車内の電光掲示板にあり、安心して乗っておれる。
車両はディーゼルだが、ポルトガルのそれより静かである。
無事にSantiagoに到着。タクシーでホテルへ。
予約したホテルはParadorと呼ばれるもので、昔の大きな病院を改造した建物である。
予約の確認に時間がかかったが、3階の328号室へ。歴史ある建物だけあって、廊下は広く、ところどころに、古い調度品などが展示してある。部屋は重厚な感じがするが、扉の建て付けはしっくりしないところがある。しかし、洗面所は最新式のものに改造されている。
Parador 玄関
荷物を部屋に置いて、Catedralに出掛ける。ここは巡礼者の聖地で、皆ここを目指して、遠くはフランスから何百キロと歩いてくるそうだ。そのため、ここで巡礼者のためのミサが行われる。
先ず、博物館へ。多くの遺物を展示してあるが、説明が全てスペイン語なので、半分も理解できない。残念。
次に教会内部へ。現在、南側の正規の入り口は修復中で、東側より入場。
従って栄光の門、柱上のヤコブの彫刻は見られず。
中央祭壇は豪華なもので、中央に聖ヤコブが祀られている。中央祭壇下には聖ヤコブの棺が安置されており、私もお参りした。
又,聖ヤコブの像の裏側に通じる階段があり、多くの信者がそこから聖ヤコブのマントにキスをしていた。
教会の建物はかなり壮大なものである。
付属施設等たくさんあり、駆け足で見て回る。疲れてきたので、ホテルへ。
今晩の夕食はまともなものを食べようとレストランを予約。8時からしか営業してないので8時で予約。8時にレストランへ。
お客は4組の夫婦と小生一人。多くのテーブルは空いている。スペイン人は食事は遅いと聞いたので、これから来るのかな?
ゆっくり食事をして、9:30に部屋へ。
Parador レストラン
久し振りに牛肉を食べた。明日から、又元気を出すぞー!!!
- 11月24日(金)
今朝は7:00に起き、7:30に朝食のため1階に降りる。ロビー近くで多くの中国人のツアー客に出くわす。出発を待っているようだ。食堂に行く途中でも中国人と出会う。彼らのほとんどが食事を終った所で、中には現地ガイドに出発だよと言われても、未だパンをかじっている奴がいる。
中国人団体の食事が終わった後で良かった。ガチンコしたら、喧しいし,うるさいし。
朝食でエネルギーを蓄えようと、少し多めにたべる。
10時のミサを見るべく、Catedralに出掛ける。しかし時間になっても動きが無いので、出口の土産店でTシャツと袋物を買って、サンマルチン教会へ行こうと外に出たら雨降り。ホテルにとって帰り、傘を持って、教会へ。ホテルのすぐ近くにある。
入場料払っていざ内部へ。ここの黄金の祭壇はすごく立派。Catedralの祭壇とどっちもどっちと言った感じ。帰りに巡礼博物館の場所を聞いて、外へ。
近くにCatedralの出口があり、念の為と思って入ってみた。多くの人が祭壇の前の椅子に座っており、12時からのミサを待っていると直感。参考のために参加。もしかして、是非見たいと思っていた大型香炉ボタフメイロを使うことを期待して。
12時のミサ
12時よりミサ開始。皆に合わせて立ったり、座ったりしながら待ったが香炉は使われず。残念。
約40分、献金もした。ミサの雰囲気は味わえた。
その後巡礼博物館へ。入場料を払おうとすると、65歳以上は無料とのこと。但し、証明するものをと。そこで、懐深くしまっているパスポートを取り出し、見せるとOK。無料だ。
此処の展示物は巡礼道のあちらこちらにある、主にキリストなどの像が多い。
その中で、巡礼道700キロを道順に従って、紹介した絵巻物があった。日本人の作成で、日本語で書かれている。絵巻物云っても日本と違い縦長の掛け軸形式になっている。
実に細かく、町の店の名前迄書いてあり、これに従えば、迷うこと無く巡礼ができる。大作である。作者は池田宗広氏。1939年生まれの彫刻家で日本では有名な人である。
聖地 Santiago への巡礼路
ホテルに戻り、昼食。ハンバーグを注文。ヴォリュームたっぷりである。食べきれるかな?
しかし、近くのスペイン人を見ると、もっと多くのものを食べている。スタミナがつくだろうな。
腹も満足したので、部屋で荷物の整理と明日の出発の準備。
外は雨が本降りになってきた。8時過ぎてもやまないので、外での夕食を諦めて、ホテルのレストランへ。
昨日とは違うレストランで、サラダとイカの料理を注文。イカは5センチほどの小さいもので美味しかった。
明日はバルセロナだ!!!
- 11月25日(土)
朝7時前に起床。昨日の夕食の食べ残しのパンを食べ、腹ごしらえ。
チェックアウトし、2日分の夕食代を支払う。
7:40空港へ。町は石畳みでガタガタだが、空港への道は高速で快適。最高120キロ迄OK。
空港でチェックインを済ませ、軽い朝食を取る。
9:30予定通りVueling機で出発。バルセロナへ11:20ほぼ予定通り到着。
いざ、スーツケースを受け取りにbaggage claimへ。この空港も広く、かなり歩かされる。途中土産物や、ブランド品を売る店が沢山あり、baggage claimの表示が見にくい。2,3人の人に聞いて、やっと受け取る。
タクシー乗り場へ。乗った車がプリウスだった。日本でも時々見かけるが、外国で見かけるとは思っていなかった。暫く走って、運転手にスペイン語で、英語分かるかと尋ねたら、A little !と返事。
嬉しくなって、プリウスはどうかねと尋ねたら、fantastic!ときた。トヨタの元技術者として誇りに思えた。
外を見渡すとかなりの数のプリウスタクシーが走っている。燃費の良さが受けてるのだろう。
2年半前に行ったニューヨークでもイエロウタクシーの9割がカムリだったことを思い出した。
ホテルには12時頃到着したが、チェックイン出来た。
荷物もとかずに、市内観光ツアーに出る。
2系統あり、先ずred line で市内半分を回る。Casa Batlioで下車し、ガウディ設計の家を見学。
人気のスポットで、人が多い。入場料26ユーロ払って内部へ。少し高いなと思っていたら、国からの援助は一切受けず、
入場料収入で維持管理をしてるとの事。なるほど。
ガウディは家具、扉、窓、窓の取っ手に至る迄、自分で設計している。家に来た人を楽しませるために、大変な金をかけている。
Casa Batlio
暫し、堪能して、ホテルへ。バルセロナはリスボン、ポルトと違って坂は殆どなく、道路も広いし、センスも良い。夕食は町で買ったピザとオレンジジュースのみ。
- 11月26日(土)
朝7:00に起きて食堂へ。誰も居ない。スペインの人は朝も遅いのかなあ?
今日は動き回るつもりなので、少し多めの食事にする。
いざ観光へ出発。ツアーバスの乗り場は昨日と同じかと問い合わせたら、本日は日曜日で、何時もの所は使えない。少し遠いが歩いて行ってくれとの事。汗をかきかき、15分程歩いて、到着。
バスに乗り込もうとすると、9時発だから、少し待てと。改札が始まり、2階の一番前の席に座る。
今日はサクラダファミリアが目的で、そこまで多少時間が掛かるので、のんびり途中の景色を楽しむ。歴史のある町だから、古くて、由緒ある建物が多い。
30分程で目的のバス停に着く。サクラダファミリアで、日本で手配した入場券を差し出すと、ここは裏の入り口で,表に回される。ここも大勢の人が見学に来ている。
サクラダファミリア
サクラダファミリア 内部
中に入ると,未だ工事中とは思えない位完成している。独特の形状の柱に支えられた高い天井。
寺院の周囲は窓にステンドガラスを使っていて、何処を見ても非常に美しい。
上からの景色を楽しもうと、2つある塔の1つにエレベーターで昇る。景色はまあまあだが、安全のため、金網がめぐらされており、残念ながら、良い写真は撮れず。
下りは階段を使わねばならぬ。300段ほどの狭いラセン階段をくるくる回りながら降りた。結構疲れる。
1時間程、内装品等の展示物を見て過ごす。やはりガウディの作品らしく、独特の雰囲気がある。
再びバスに乗り、ガウディのもう一つの作品であるカサミラを見に行く。
カサミラ 屋上の宇宙人
此処も人が多い。入場料を払って、彼独特の造形物を楽しむ。
ここの造形物は何か宇宙人を思わせるようなものがあったり、別世界を感じさせるものがある。
帰り際に、何か足りないものがあると感じた。何時もリュックサックに予備のカメラ、双眼鏡、ガイドブック等を入れて、持ち歩いていたが、バスを降りるとき、慌てて、持って降りるのを忘れてしまった。
すぐに、バス停に行き、ツアーバスに乗り込み、係り員にこのことを告げると、すぐに電話で調べてくれた。
二度目の電話で、忘れものはツアー会社の事務所に届いてることが分かった。
ああ良かった。リュックは家内から借りたものだし、もし無くなれば大変な事になるとこだった。
事務所はバスのルートの途中にあるので、近い停留所で降り、事務所に向う。
有った!良かった!中身を確認されてから受領。
何時も背負っているが、バスでは外していたのがいけなかった。今後はしっかりせねば!
ホテルへ向う。途中、カテドラルに寄る。朝、見学に行ったが、本日は日曜日で、ミサ参加者以外は入れず、断念していたので、入れて良かった。入場料を払って中へ。ここも歴史ある建物だけあって、荘厳な感じは変わりない。主祭壇を中心に、聖書の中の一場面を表した彫刻類がいくつも設置されている。宗教心の強さが感じられる。
教会を出て、ホテルに帰ろうと思ったが、未だ時間があるので、ホテル近くのピカソ博物館に寄った。ここも入場待ちの列が出来ていた。どうにか入場。ピカソの若い時から、晩年までの作品が、彼の生活の紹介とともに展示されている。
まじめな人だったと思うが、マリリンモンローの写真にマンガ的に手を加えたものなどあり、結構ユーモアセンスを持っていたようだ。
ホテルへ戻り,休息。昼食も取らず、頑張ったので、疲れた。
明日はマドリッド!
- 11月27日(土)
今朝は6:30起床。朝食は空港で取ることにして、タクシーで空港へ。
チェックインを済ませ、レストランで、サンドウィッチの朝食。
出発(9:00)までかなり時間があったので、チェックイン時、指示されたゲートA16へ。
この空港もかなり広いので、随分と歩かされて、探し出し,待機。
1時間前になったが、乗客は来ないし、係り員の姿もない。少しおかしいなあと思ったが、A16と言った係員の言葉を信じ,さらに待った。15分前になっても、状況は変わらないし、変だと思い直し、出発ゲート表示板を見に行くと、ゲートはA8とある。これは大変だ!
急いでA8へ。出発10分前に着いたが、係り員から、もうゲートは閉鎖したので、搭乗不可との冷たい返事。チキショー!A16と言われたことを信じたばかりに、馬鹿を見た。チキショー!
マドリッドには行かねばならないので、気を取り直して、チケットセンターに行き、次の便を予約。
午後2時の便しかない。これではマドリッド到着後予定してた、ソフィア王妃センターのゲルニカは見学は諦めるしかない。残念。
出発まで5時間ほどあるので、朝預けたスーツケースを取りに、航空会社のカウンターへ。
チェックインしても、搭乗しなかった人の荷物は機内に積み込まないことが守られている。当然か。
昼食をゆっくり済ませ、再度チェックインの手続き。今日2度目。
搭乗券を見ても、出発ゲートの表示は無い。電光表示板にも、未だ表示は無い。暫くして見に行くと、30分後に表示とある。又暫くして見に行くと、15分後に表示とある。
国内便なので、同じルートを日に何度か往復運航しているので、出発間際まで、ゲートが決まらないのだ。15分後に見に行くとA6と表示されている。今度は遅れないぞとゲートに向う。
もうかなりの人がゲート前に並んでいる。
暫くして、搭乗。今度は間違いなく、マドリッドに行けるぞ!
1時間ほどの飛行で、マドリッドにドスンと着陸。びっくりした。
タクシー乗り場へ。大勢の人が待っているが、タクシーも多いので心配ない。
?
今回乗ったタクシーもプリウスだった。何処でもタクシーには人気があるようだ。
運転手に調子はどうかと聞くと、バルセロナと同じく、fantasticと言う。同じ言葉を全く関係のない運転手から2度も聞いて、やはり嬉しくなった。トヨタ万歳!
30分程でホテルへ。チェックインし、明日のトレド観光の予約をする。
朝、8時にホテルでピックアップしてくれるので安心。帰りは2時頃。市の中心で降車。
部屋に入ったのは5時頃。
もともと、ソフィア美術館のゲルニカを見る予定だったので、ダメだと思いながらも、念のため、閉館時間を調べたら、9時となっている。しめた。すぐにタクシーに乗り、美術館に向う。
シニアの証明のため、パスポートを見せると、無料で入場できた。
広い館内をあちこち見たが、美術作品ばかりでなく、色々の展示物や映像がある。
しかし、ここの目玉はゲルニカである。他の絵は早々にして、ゲルニカのある206号室へ。
ゲルニカ
やっとゲルニカに会えた。縦4メートル、幅10メートル位の大きなキャンバスに、1939年のスペイン内戦のむごたらしさを黒の濃淡で表している。
やはり、目の前にすると迫力が違う。暫くじーと見つめていた。
思い出にと、ゲルニカの写真を4ユーロで買ったが、帰りのタクシーに忘れてきた。
チキショウ!今日は最悪の日だ!
- 11月28日(土)
7時前起床。今日は歩かねばならないので、少し多めの朝食を取る。
8:15ツアーバスにピックアップされ、バスターミナルへ。
そこで他のホテルからの人達と合流し、20人程で出発。ガイドは中年の女性で、スペイン語と英語で説明。分かりやすい喋りで有難い。
1時間ほどでトレド到着。これからは終日歩き。坂の町なので、先ず、エスカレーターを7つ乗り継ぎ、上部へ。更に、歩いて坂を上がる。町は入り込んだ細い道なので、一人では迷ってしまいそう。ガイドも離れず、ついてくるように、しつっこく注意。
先ず、カテドラルへ。外見だけで、中に入らない。見たかったのに。残念。
サント・トメ教会へ。ここで有名なエル・グレコの「オルガス伯爵の埋葬」を見る。
宗教画として貴重なものである。
その後、外の景色を楽しみながら、坂を下る。最後に象嵌屋に立ち寄る。日本にも象嵌はあるが、作り方はほぼ同じようだ。
2時前にマドリッドに戻る。アルムテナ大聖堂近くで下車。直ぐ北の王宮へ。
シニア料金の表示があったので、79歳だけどと言ってみたが、割引はユーロ圏の人のみ。
腹が減っていたので、王宮のレストランに行き、昼食。味はまあまあだ。
少し離れた宮殿に向かう。警備員にあと25分しかないが回るかと聞かれので、回ると返答し、巡回開始。色々の部屋があるが、贅をつくして造られており、特に天井画は見るべきもの多い。
作者は色々だが、中には有名人もいた。
殆ど廻り終える頃、別の警備員に英語が分かるかと聞かれたので、Siと答える。あと10分で王宮は閉館とのこと。時計を見ると4時前だった。
リュックをロッカーから取り出し、市内循環ツアーバスの停留所を探す。
バスは10分毎に来るので直ぐに分かった。
雨は降っているし、疲れたので、マジョール広場、太陽の門はスキップし、ホテルに近いスペイン広場で下車。
ドンキホーテとサンチョ
此処には有名なドンキホーテとサンチョの像があるので、写真に収める。もう暗くなりかけているので、良い写真は撮れないが、何とか頑張ってみる。
歩いてホテルに向う途中で、にぎり(NIGIRI)の看板を見る。日本食屋は少ないので珍しい。つい中に入り、巻きずしを買う。夕食をゲット。
明日は帰国の途へ。
出発は午後だから、朝はゆっくりしよう!
何とか、ここまで一人旅を無事に出来たことに感謝!!!
- 11月29日(土)
今日は帰国日。朝、ゆっくり起床。
8時過ぎ朝食へ。結構混んでいる。アメリカンスタイルの朝食を食べ、最後に果物を噛みしめる。
ホテルの受付で、今日乗るEmirates航空の空港でのターミナルを確認する。ターミナル4と確認。
どうやって空港へ行くのかと聞かれたので、もちろんタクシーと答える。
すると、本日はタクシーがストライキ中で使えない。地下鉄しかないと。
重い荷物を持って地下鉄は大変だが、やむを得ない。路線図で行き方を教えてもらう。途中、1回乗り換えるだけで行ける。
しかし、地下鉄は初めてなので、切符の買い方を理解すべく、日本語のガイドブックを調べる。
ちゃんと書いてある。料金はゾーン制なので、先ず、自分の行きたい所のゾーンを確認し、規定の料金を販売機に入れ、切符を買う。
それを改札口の機械に入れればOKとあった。これなら、大丈夫と一安心。まあ、早めに行こうと、早々にスーツケースを纏め、近くの駅へ。
重い荷物を引きずって階段を降り、切符売場へ。
周りには駅員も乗客も誰も居ない。ガイドブックに従って、切符購入しようとしたが、どうも話が違う。方式が変更されている。表示を見ても分からない。困ったものだ。誰か来るのを待って、聞くしかない。時間はあるし慌てることはない。じっと待つ。
暫くしたら、一人の青年が現れ、切符を買いだした。すぐに、飛行場に行きたいのだが、切符の買い方を教えてくれとお願いする。
すると、赤いICカードを示して、これ持っているかと。何もないと答えると、先ず、カードを買えと。手伝ってもらいながら、先ずカードをゲット。それを機械に挿入し、料金を入れてそれにチャージする。カードを受け取り、入場可。青年についてICカードを入口の機械にかざして入場。
青年に大いに感謝。ガイドブックは本年版なのに情報が古い。他に困った人がいるかも。
電車は空いており、停車駅などの案内も親切なので助かる。乗り換え前に青年は降りたので、頭をさげた。
乗り換えも問題ない。私の降りる駅は終点なので心配はいらない。終点の2つ手前に、空港のターミナル1,2,3、へ行く駅がある。と言うことは、マドリッド空港もかなりの広さが有ると言うことだ。やっと、1時間近く掛かって、ターミナル4駅へ到着。
Emirates航空のチェックインカウンターを、広い空港内を歩いて探す。何とか見つけて、チェックイン手続き。3時間前だが受け付けてくれる。これで少しは楽になった。
出発ゲートに向うべく、案内板に従って歩いて行く。ここも免税店が多く進出しており、中々案内板が見つからない。何とかゲートに到着。
未だ時間があるので、近くで休憩し、単行本を出して読む。搭乗前に軽く腹ごしらえ。
搭乗。機材はエアバス380である。ジャンボ機以上の大きさだ。乗客はまばらで、ガラ空きである。席は全体的にゆったりしており、行きで乗ったエアバス320に比べて、楽である。
離陸して、安定状態になったら、乗客の移動が始まった。空いている4列席で、寝て行くのだ。
私の席は3列席だったが、空いていたので、肘置きを立て、ゆっくりと横になって寝た。
家のソファで横になって、飛行機に乗っている気分で、非常に楽に過ごせた。
やがて、ドバイ到着。現地時間 12:00
- 11月30日(土)
深夜、ドバイ空港到着。
トランジットのためバスで、搭乗ゲートへ。
ここでも、手荷物検査を過ぎて、出発ゲートを電光表示板で確認し、ゲートへ。
時間があるので、読書。
いざ搭乗してみると、機材はボーイング777-300。エアバス300と同じ大きさ。ドバイ迄と違って乗客が多いので、座席を独占することは出来ない。辛抱!辛抱!
食事が出た後は、寝ることにして、耳栓、アイマスクを着用。他の人も同じことをやっている。
飛行は昼間だが、窓のブラインドを閉じ、明かりを暗くして、眠れる状態になっているが、姿勢がうまく取れないので、寝づらい。
午後5時前に、関空へ着陸。2週間ぶりの日本だ!
名古屋へのバスは7時発なので、スーツケースを宅急便に頼み、軽く食事。
バスは定刻出発。途中1度休憩。3時間弱で名古屋駅に到着。
あとは地下鉄で豊田市駅へ。家内の車で我が家へ。
午後11時に無事帰宅。万歳!!!
- 今回の旅の反省
全体的には、ほぼ予定をこなせたが、ミスにより時間を無駄にした時があった。
ツアーと違って、一人で知らない土地を巡るのは、予め調べていても、どうしても無駄が出る。
それも、旅の面白さかもしれないが、出来れば、友人、知人を通してでも、現地の人と接触する機会を持つことの大切さをつくづく感じた。
スペイン語を多少使ってみたが、スペイン語の返事が理解できず、あまり役に立たなかった。もっとヒアリングを勉強する必要あり。
ポルトガルもスペインも、大航海時代に大いに栄え、繁栄を誇った国である。その時代の遺産を大切にし、共生している国民に感銘を覚えた。
私はすでに79歳。次は何時、何処へいけるかな?
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快挙を讃えて
石井ト
魚住君とは小学校・中学校・佐高、と12年間の付き合いだが、正直、今回の2週間に及ぶ一人旅には驚いた。
普通、ツアーで行くのはよく聞くことであるが、今回のように、見ず知らずの国へ、一人で2週間もの長期にわたり旅行する勇気に敬意を表したい。
それに、彼の目的がスペイン語を勉強したので、それを使うため、というのも面白い。
また、彼の年齢が年齢なのも敬意の対象だ。
この年齢でよくまあ毎日旅先で観光する体力があったものだと感心した。
我々もまだやれる!と思わせてもらった気がする。それも感謝の対象だ。
旅先では、いろんなことが起こる。例えば、彼の場合、空港へ行く交通手段としてタクシーを予定していたが、あいにくストライキで、
やむなく地下鉄で代替しざるを得なくなったわけだが、そのような臨機応変の対応が必要になる。彼は臆することなくそれをクリアした。
・・・いやいや、大したものである!
・・・彼ほど仕事を通して成長した人物を私は知らない。人生"No risk no fun"の実践者かもである。(2017/12/17)