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重要航空遺産の認定証と模型の正面図です。背後にある白いのが機体です。
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機体の正面図、右翼と右翼にエンジンが写ってます。
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コックピットのイラストです。思ったより計器が多い。79年も前なのに。
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左翼のエンジンです。少しクリーニングしたと説明員が云ってました。右翼のエンジンもあったけど、これは引き上げ時のままの姿で展示されてました。
数えたら9気筒あったので、説明の若い人に「凄いね!」と言ったら、「これは、そんな馬力のあるエンジンではなく、スピードもそんなに速くはなく、
例えば、零戦などスピードの速い戦闘機のエンジンは、この9気筒のを2段重ねに並べてスピードを出した」と答え、更に「メッサーシュミットは、
もっと重ねていたのもある。」とのこと。いやはや、恐れ入りましたの世界でした。
余談ながら、ドイツ空軍のBf 109(Messerschmitt Bf 109 )は、第二次世界大戦におけるナチスドイツ空軍の主力戦闘機だが、 機首下部に7.92mm機関銃を装備し、しかも水冷エンジンだったので、さぞやエンジンルームはデリケートな空間だったろうと思われる。 それに対し、日本は空冷エンジンが主力で、エンジン技術は割合簡単だったようだ。水冷エンジンのBf 109をコピーしようとして作ったのが、陸軍三式戦闘機「飛燕」だが、 この飛行機はエンジントラブルが多発したと聞いている。エンジン製造が遅れ機体だけが相当数滞留したので、陸軍はその機体に空冷エンジンを換装して五式戦闘機とした。 結果は予想外の高性能だったそうだ。 大戦を通し、Bf 109は3万機作られ、零戦は1万機。連合国側は米軍機で20万機以上と聞く。 なお、第二次世界大戦で一番多く作られた飛行機は、ソビエトロシアのイリューシンIL-2型攻撃機。23mm機関砲2門他を装備していて36,163機作られたそうだ。ちょっと意外だった。 |
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上面から見たイラスト図です。
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沈没箇所を示す十和田湖の写真です。
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会場入口から撮ったもの。
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30分ほど見て、多摩都市モノレールに沿った公園で昼食をとりました。
長閑さや 隔世の現在 ランチする
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機種 | 製造機数 |
九五式一型練習機 | 2398 |
九八式直協機 | 849 |
九九式高等練習機 | 1067 |
一式双発高等練習機 | 1347 |