戦後70年の思い出・所感 特集

思いつくままに(Z)

H27/10/20  野中 進
ところ秋晴れのよい天気が続いており何となく嬉しいですね。 年を取ると往年の事どもが頻りと思い出される今日この頃です。 またまた思いつくままにーZ(駄歌)を送ります。笑って堪えて・・・
進駐の米兵ガムを撒きながら、砂ぼこりをあげてジープで立ち去る (野中しん)
早朝に我らがゾーキン掛けした廊下、進駐米兵土足で踏み込む 野中しん)
配給のズック当たりて嬉しきも、靴底二つに割れて悔しき (野中しん)
(当時ゴムの成分少なく不良品で、舗装されていない砂利道を走るとすぐに壊れた)
手作りのミットとグローブ木のバット、外野はみんな素手で守りぬ (野中しん)
(親達が縫ってくれたグローブとミットは、間もなく破けて綿が飛び出した。バットも木をけずった手製で、ボールも打つうちにしばしば砕け散った)
登校も縦一列に整列し右向け右で、奉安殿に向かい東方遥拝す (野中しん)
(漢字もこれで良いのか自信が無い。それも約3カ月で終戦に奉安殿の北側に鍋島藩が作った反射炉があった)
白いおにぎり食べてから死にたいと、老婆が祈る防空壕の中で (野中しん)
(老婆はいつもなんまいだート呪文を唱えていたがその方が怖かった)
母の目に入りし煤煙ハンカチで、父が拭っていた唐津の駅で (野中しん)
(初めて一家で海水浴に行ったが、当時まだ汽車で8月の熱いさ中窓を開けると煤煙が入ってきて目に入る。海水浴の事は思い出せないがどう云うわけかこの情景だけは眼に焼き付いている)
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