三途の川ぶらり旅

山口 孝一郎

その10(座長は誰か)

「私も事情を伺えば『止めた方が良い』などとは言えなくなるかも知れない、と思いますが、首尾よく『仇を討てた』としても 相手様には又『仕返しの怨念』がうまれると思います。それではこの三途の川を渉る前に『怨念のはらし合い』が永遠に続くことになるような気がします。」
宗明は、なかなか説得力のある意見を提案している。
「万々が一、兄様が仇の『舎弟』に巡り合えたとしても 相手様も、『稼業の一家を構える程の度量と力の持ち主』でしょう。力持ち同士が、お互いに『許せない!』と戦い続ければ、此れはお互い 大変な『消耗戦』と成ることは明白です。
ならば、お互いに冷静になって『許せない!』事を一つずつ取り上げ、丁寧に話し合ってみればどうでしょう。
人は誰でも楽しく、安穏に暮らしたいのだから、昔『兄貴と舎弟の契り』を交わした頃に戻って、一切の蟠り(わだかまり)を目の前に流れる三途の川に流してしまうと言う考えはいかがでしょう。
『許せない!』と戦い続けるのは、互い自分の姿を醜くするだけで、折角の兄様の『イナセな風貌』にも窶れ(やつれ)果てた影を落とす事に成ると思いますが?」
「あんじゃあもん(兄者様)! この兄さんは なかなか善い事を言ってなさるよ!」
「…… 」
兄者と呼ばれる厳つい顔のステテコは、半分目を閉じて腕組みをし、岩に腰をおろして 難しい顔をしていた。が、
宗明の箴言のどこかに共感をしたのか、半眼の奥にかすかな『なごみ』とも受け取れる表情を見せた。
「まあ 兄者殿、見ず知らずの他人様に提案されて『ああ そうですか…。』と言うわけには参らんだろうが、宗(むね)さんの考えも 見上げたもの。 ここは一つ 本気で吟味されてみたら如何じゃろうか のう?」
藤吉は宗明が みるみる内に顔付も、言葉使いも まるで別人のように変化していく様子に内心驚きながら 言葉をはさんだ。
「んでがすよ。なア あんじゃーもん! ヤッパリ『恨み』は 心がしばれるごとある。やっぱり、人は『あかるう』なかと だちかんばい! 『楽しゅう』なかといけん! 『楽しゅうなろう』と知恵しぼる。『天を見上げて』知恵しぼる! いいねエー。」
安さんは踊り出した。
「見上げたもんだよ 屋根やのフンドシ たのしいねエー。」
「見たいもんだよ ケコロの股座(またぐら) と、来たもんだ。」
「陽気に行きまヒョウ! 陽気に!」
「バカ野郎! 安! 浮かれるな!
我らは奴の策略に引っ掛かって このザマだ! 親分集には面目ねエし。兄弟分には合わせる顔もネエんだぞ!」
兄者にいさめられると、安さんは 自分で頭を軽く叩いて、背中を丸めてペロリと舌をだした。
「師匠と、兄者様と、安さんにお願いが有るんです。実は僕はここで『楽座』を開きたいのですが、出来ますでしょうか? あっ間違いました。『出来ますでしょうか?』ではなく、色々と教えて頂きたいのです。」
「……?」
宗明の突然の発言に 皆の衆は事情がよめず、互いに顔を見合わせている。
「いえ、これは私がやりたい『楽座』というか、『お店』のような『集会所』について、です。だから、暫くの間皆さんに いろいろと『アドバイスとか知恵』を頂きたいのです」
藤吉も宗明の発言が、ステテコの『仇討ち』のはなしに拘ることとしか思っていないから、宗明の『突然のお願い』が、『今後の宗明の暮らしぶり』の相談に拘る事だと、頭を切り替えるのに、時間がかかっていた。
「暫くの間と言っても、千年に成るか、二千年に成るかは分かりませんが、」
「ん? 何だ? 何をくれってか? 『アドバ・イ?△■』?!」
「アッ これは失礼を致しました。『いい知恵を教えて下さい』と言うことです。」
「うーん そう言うことかいな。 これはだんだんオモシロクなって来やしたよ。楽しく成るために、知恵をしぼったり、教えたりネエ」
安さんの表情は水を得た魚のように、生き生きとしてきた。
「んなら、『楽座』ってのは 何でがんしょう?」
「そうですね! 『楽座』ってのは『お茶屋?』ですかね?」ここには、お酒は無いから、『水茶屋』でしょうか?」
「いいね いいね これは何とも、いい知恵でがんすよ。 ところで、宗さん、『女』はどうします?」
「そりゃあ、安さん、いらっしゃった方がいいでしょう!」 ! ほおーれ 忙しくなって来やしたよ!」
安さんの頭の中には もう『仇討ち』の話しは遠い所へ行ってしまった様だ。
「兄者殿ここは… 一つ」と言いかけた宗明を抑えて、大ステテコが言った。
「『兄者殿』はヤメてくだせエ。わし等は此処に身を置いた時から、片時も『仇討ち』のことを考えない時はござんせなんだ。先刻 客人の師匠はあんたの『恨みは川に流せ!』という考えを『そうだ! まさしく正解なり!』と言いたかっただろうに、そうは言わなかった。 言わないで、百歩譲ってやんわりと 『本気で吟味されてみては 如何じゃな?』と言うてくれなすった。われらは、堅気の衆の往く表街道を心の底で羨ましく思いながら、その裏道をナゾって生きるもん達は、人のチョットした心使いや、情けは有り難く心にしみて、ことの外 敏感に反応して生きる短気な輩でござんすよ。」
大ステテコは自分の過去の所業を振り返るように語った。
「そして客人 あんたの『楽座』の話しでござんすよ。 この話しを聞いて、別人になったようにはしゃぐ『安』。 あっしはこんな処で『楽座』など出来るわけはないし、『死人(しびと)』の分際を弁えない とんでもない『罰当たりの考え』だと思いやすよ。」
言い終わって大ステテコは大きく息をはいた。そして宗明の顔をみて、
「ところで、客人さんよ こっから先は わしのことを『健吾』とお呼び下せえ。わしも客人のことを『宗さん』と呼ばせてもらいやすよ。
と言うのも、わしと弟の『安』とは ここまで『怨み』だけを担いで連れ添ってきたんでござんすよ。 じゃが安のあの 破天荒な喜びようを観ているうちに わしも『罰当りの楽座』の立ち上げに加担したくなりやしてな。 どうでがしょう? 『わしと安とをまとめて弟子に加えてもらう』っちゅう訳には行きやせんかいのう?」
藤吉は話しが稲妻のように、予想もつかない方向に進み、しかも予想外の速さで伸展していく様子にビックリ仰天していたのだが、今度はいきなり自分がへんじをしなければならない番が廻って来てしまった。
三人は『返答は如何に?』とばかり、藤吉の顔を覗き込んでいる。
安は藤吉がまだ何も言ってはいないのに、身を乗り出して、目玉を大きくして、しきりにパチパチとまばたきをしている。
「弟子? そりゃあねえ」
藤吉は顔の前で大きく掌を振って否定した。
「ワシは たまたま皆の衆より 齢を重ねて死んだだけのこと、他人様に『師匠』なんて呼ばれるような 立派な生き方は、ただの一時もした覚えは ござんせなんだ。ただ、親に五体満足に産んでもらったおかげで、他人様には世話になっても なんとか頑張って すがらずに生きて来た男ですよ。この歳になっても、世話になった方々には恩返しの半分も出来ずにいる爺(じじい)でござんす。」
口減らしで、半分子供だった頃から石工の親方の家に奉公に出され、石の世界から一歩も出たことのない藤吉だったが、石を通して、世間を知り、掛け値なしの苦楽の様を肌で感じて成長してきた。だが、藤吉には その体験が世の中に如何程に通用するものか、不安を持っていた。
「このわしを 皆の衆が『師匠』と呼ぶのなら、あっしはここから 姿を消すしかござんせん。宗さんの『楽座』は億千万那由多の歴史を持つ 川向こうの閻魔大王率いる『地獄・極楽』のシキタリに対峙するもの。 どう考えても とてもとても太刀打ち出来る物ではござんせん。」
一同は『楽座』と言うものが、あまりの大きい企てである事に驚いている。
「でも、今まで一度も意を決して事をおこしたことのない 宗さんが、『ヤル!』と動くなら 微力であっても ワシは全力で応援したい!。」
一同は藤吉の腹のすわった決意に呑込まれて、拍手も忘れてポカンとしている。
「『師匠』だ、『弟子』だなんて、そんな小さな事を言っているようじゃあ…。始めっから、ヤラナイほうがいい!
・・・次回へ続く
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