三途の川ぶらり旅

山口 孝一郎

その2(エンマの妾)

「バカ野郎! もう俺に付いて来るな! 付いて来たら許さないゾ!」
「………。」
言い残すと、藤吉は少し早足で歩きはじめた。
だが、ピザ男は性懲りもなくビッコをひきながら付いて来ている。
息をはずませ、腹の皮を抱えての早歩きは大変そうだ。
「付いて来るなと言っただろう!」 
「付いてなど行っていません。歩く方向が同じだけです。………。しかも ここは一本道だし。 …… 」
藤吉は(コノ屁理屈野郎! 何が『一本道』だ! ヤッパリ少しばかり ヤキを入れるしか無い野郎だ。)と思っていると…。
「ついでに云わせてもらいますが、もう少しゆっくり歩いてください。何をそんなに急いでいるのですか? 急いでも、ゆっくりでも、同じ事ですよ! ここでは。」とハアハアいいながら、自分の意見を通うそうと頑張っている。
(この野郎 性懲りもなく、屁理屈を並べて俺をからかって居やがる)
「何! 『ゆっくり歩け』だと! ホラ見ろ! お前はオレについて来ている証拠じゃあないか! もっと素直に成ったらどうだ!」
生来ケンカ好きの藤吉は このエプロン男をやっつける事に決めた。 時間はタップリある。しかも ここは永遠にヒマな場所だ。藤吉は久しぶりに血が騒いだ。
奴は少し『トロイ』ところが在る。だけど、頭は悪くない。律儀そうだし、正義感も責任感も強そうな男だ。
藤吉は先ずエプロン男の素性と、生きざまを探ることに着手しなければならないと思った。(石像を彫る時には、石の素性と石目を無視していきなりノミを奮えば百戦百敗、ロクナ事はない。忽ち瓦礫の山を造ってしまうことになるからだ)
暫く歩くと川岸の土手は次第に高くなり、小径は堤防の土手を登り始めた。そして土手を登りつめて見ると、一面腰の高さ程に延びた葦の原に出た。葦は半分枯れている様にも見えたが、川沿に見渡す限り、延々と広がっている。何処まで続くか分からない葦の原の中に微かに残る獣道のような細い路を単身で歩くのはあまり気持ちが良いものではない。
突然 叢(くさむら)から何か出て来るかも知れないし、足を滑らして、足元を観ると地中に埋まっている『人の頭』を踏みつけてしまっていたとしても不思議ではないからだ。(何しろ此処は黄泉を流れる『三途の川』の土手の上だから)  
それに出会う相手も人間とはかぎらないし、人間だったとしても、日本人ではない可能性の方が高い場所だ。ならば、闇雲にエプロンをやっつけるのは得策ではないかも?などと藤吉は思い始めた。
そう思と、藤吉はつい今までの勇ましい計画はすっかり消えさり、今までとは真逆の事を考えたりなどして、自分でも『どうすれば良いのか?』判然としなくなっていた。
なにしろ『夜』や『日の出』がない世界だから、『一日』のケジメがつかない。
例えば『明日から、頑張るぞ!』と気合いをいれて見ても、意味が無い空間だから、戸惑ってしまうのだ。
『明日から!』って、言ってみても、どこからが『明日』なのかが分からないから、気合いも入れようが無いし、ここでは『頑張るぞ!』と、言ってみても、『そこの人、頑張ってどうするの?』と、云う事にしかならないのだ。
身体に触る葦の葉を払いながら暫く歩いていると、路は二股に別れた。川筋に沿った土手の上を歩く平坦な路と、前方に見える小高い丘に向かうだらだら坂の登りの小路だ。
藤吉はためらいも無く『丘』に向かった。
(丘に向かう小路は暫く登ると葦原は消え、灌木の茂みに入っているが、下から見ると木々の切れ目から小径が見え隠れしている。奴は必ずついて来る。自分では何も決められない男だから。エプロン男がこの分かれ道に差し掛かる頃、丘を目指してブッシュの中の小径を登る俺の姿が見えるはず。そして、その先にツルリとした異様に大きな不思議な形をした岩が見えているが、奴は臆病者のくせに好奇心はやたらに強そうな男だから、必ず丘への道を選び、俺を追いかけて来るに違いない。)
藤吉はツルリとした岩を頂上まで登り、岩の頂でエプロン男を待つことにして、少しばかり脚を速めた。
丘に近づくにつれて、岩の姿は『ツルリとした』ではなく、足元はゴツゴツとした、登りにくい山道に変わり、その姿は巨大な髑髏(眼球が抜け落ちたドクロ)に見えて来た。あたかもキリストが処刑されたと伝えられるゴルゴタの丘にそびえるドクロの奇岩の様相を呈していた。そしてこの奇岩は遠くで見るより、はるかに丘の頂上は川に向かって突き出している。
このドクロ岩はいつ首の根っこあたりから折れて三途の川に向かって転げ落ちてもおかしくはないほど不安定な姿でおさまっている。藤吉は岩の下に辿り着くと、一気にドクロの顎の下を通り抜け、脳天の一枚岩まで登り、ドクロ岩から少し離れた岩に腰をおろした。
眼下の三途の川は両岸に茫々とした川原を携えて幅広く、穏やかに蛇行して視界の果てに消えている。
藤吉はしばらく何も考えないで上流も 下流も 対岸も視界の果てに消えている不思議な光景に見入っていた。
すると、目が慣れたのか視界に不思議な現象があらわれた。この丘にはそうした仕掛けが存在するのか、目を凝らして注視していると ズーム現象が起こり、色んな物が細部までハッキリと見えて来る。
対岸には何カ所も流れの中に梁(やな)が張り出している。
この梁にプカプカと流れて来た人間が打ち上げられたり、引っ掛かったりしている。沢山の人が打ち上げられているが、暫くすると何処からともなく、褌(ふんどし)姿の大男が現れて襟首を掴み、岸辺の柳の木の下に引きずって行き、木の下で待機しているジジイに引き渡している。この爺様、よく観ると威風堂々の衣服をまとった婆(ばばあ)だ。大男は引きずって来た人間の頭に何か熨斗(のし)の様なものを付けてこの婆に引き渡している。
婆は連行された人間を受け取ると、老若男女を問わず ろくに顔も見ないで、容赦なく衣服を剥ぎ取っている。人を人とも思わない所業の無礼千万な様子がハッキリと確認できる。そして素裸にすると髪の毛を掴んで再び大男に引き渡している。片膝をついて待機していた大男は裸にされた人間を受け取ると、まるでゴミでも捨てに行くかのように、高くせり上がった梁の頂上までズルズルと引きずって行くと、梁の一番高い所(ビルの二階くらい?)から、下流に向かって投げ込んでいる。
どうやら、梁に掛かった人間は、力が抜けてしまったのか、意識を失っているのか、裸にされたまま何の抵抗もしないで、高い所から川の中に投げ込まれているようだ。すると投げ込まれた人間も人間だが(何事もなかったかのように)再びプカプカと流されて行く。
藤吉は『こんな馬鹿な話しがアルカ!』と目の前で展開している姿に腹を立てながら、身を乗り出して観察を続けた。『自分独りじゃあ大男に叶わない』と思うなら、何人か集まって『体当たりをするとか、石を投げるとか、大男の褌をハギ獲って褌を川に流してしまうとか』どうにかして何等かの反撃をしようとしないのかと、無性に腹がたった。
さらに観察を続けていると、婆は無言で着衣を剥ぎ取って、その衣服を柳の枝に引っ掛けて目方を量っている。
経文によると、衣服の目方は即刻 閻魔大王に報告され、前世の所業があばかれ、贖罪の量刑が大王から言い渡されると言うから、恐ろしい。目盛りの読み違いや、人別の間違いも想定されるからだ。
それでも、これらの所作から推察すると、この婆はあの有名な『奪衣婆(だつえば〜一説によると閻魔大王の妾=経文にはない)』と云う事になるのだが、誰独り抵抗する素振りを見せる者はいない。それどころか婆の前に引きずり出されるやいなや、慌てて首から下げた『頭陀袋』からお金を取り出して婆に差し出している者さえいる。
婆は当然の様にそのお金を受け取っているが、礼を言っている様子はないし、『奪衣』に手心を加える様子もない。
これは、寺の坊主が 賽銭箱に投げ入れられた『金』は、投げ入れられたその瞬間から『自分の金だ!』と信じて全く疑わないのと同じだ。
・・・次回へ続く
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