三途の川ぶらり旅

山口 孝一郎

その6(夢とマボロシ)

「こんな気持ちに成ったのは初めてです。でも、今は何をやれば良いのか分からないのです。『何をヤレバ良いのか?』師匠に伺いたいのですが、これも自分で探し、決めなければいけない事も 今は分かっています。だから、だから僕を師匠の弟子にしてください」
藤吉はエプロン男の『相』が生き生きとした表情に変わったのを見てビックリした。
(本気でやれば何だって出来る)これが藤吉の信条だ。本当に本気で進む者の姿はオーラを発して美しい。
生きているうちなら、どんな方策でも立てられた。だが、藤吉にとっても 死んでからの世界は見るもの、聞くものすべてが初めての世界だし、驚く事ばかりだから弟子など抱える余裕はない。
藤吉は四十歳になって間もなく『師匠』を急な病で亡くしている。師匠の後を継いだのはすでに注文を請けていた幼逝少女の墓碑を完成させるためだった。
墓碑の傍らに佇む少女の像はすでに粗方出来上がっていたのだが、まだ顔に表情はなく、被る帽子から、履いている靴までが刻み込んだだけのただの『石』でしかなかった。藤吉はこの石をなんとか早く完成させて一日も早く注文に応えたいと、何日も昼も夜も石を刻んだ。
結局完成までに一年を要したのだが(親には『生んでもらった事を感謝し』・ お友達には『楽しかった日々を語りかけているような』明るい彫像を添えた墓碑)を彫り上げて 親方の憶いを現したいと、あらゆる技法を使って石に向かった。
藤吉はこの像を完成させるために『師匠』の考えを読み取ろうと、師匠が刻んだ道祖神・羅漢・石仏・地蔵様を可能な限り訪ねては何時間も対峙して、何時間も考えた。だが、どんなに考えても墓碑の傍に佇む少女に託そうとした、師匠の憶いに辿り着くことは出来なかった。
『なんで、何のヒントも残してくれなかったんだよう!』と、地面を叩いて嘆いた時『ハッ!』と、師匠の口癖に気が付いた。
『決して逃げるな。正面から考えろ! それでも分からん時は自分の思い通りにヤレ!』と。
藤吉は翌日、殆ど完成していた少女の像をとりこわしてしまった。技法の限りを刻み込んだ見事な彫刻に見えたのだが、『親方の憶いが見えない』とばかりに 砕いてしまった。
そして、墓碑の裏からヒョイと顔を出す『お茶目な少女』を一気に彫り上げた。
墓碑に手を掛ける少女の指は柔らかく、墓碑の台座からのぞいている小さな靴は、今にも引っ込んで走りだしそうだった。
施主の母親は『これぞ 私の想い』だったとばかり、歓喜してくれた。そして、少女の像を抱きしめて泣いた。
石には木材に『正目』があるように『目』がある。『目』に逆らって無闇に鑿を打てば石は砕け散って形にならない。
親方は藤吉を、紹介者の顔をたてて預かったものの最初は『どうせ長続きはしないだろうと、決めつけ』ていた。だが、表面に広がる石の目の様子を見て、その奥に走る石目の広がりを読み取る藤吉の眼力に驚いていて弟子にし、本気になって自分の知識と技との全てを教え込んだ。
その頃まだ若かった藤吉は『石の目』などには興味はなかった。むしろ岩山に穴を開け、火薬を詰め込んで岩山を爆破する火薬の扱いに興味をもっていた。
親方の家に住み込んで『童子』などを彫る仕事にも多少の興味はあったのだが、いつも親方と二人きりの職場はドチラかと言えば苦痛の方が多かった。だからチョクチョク親方の目を盗んでは護岸工事の現場で知合った石切り場で働く仲間を訪ねては時間を潰していた。
石切り場に行くと、運が良ければ『爆破』作業の日に当る事もあった。だが、何もしないで『爆破』するのを待っていると、憧れの『発破職人』達から『邪魔だ!』『危ないから、帰れ!』と言われてしまうから、ヘルメットを借りて頼まれもしないゴミを片付けたり、『立入り禁止』の看板の固定を手伝ったり等をして、何となく石切り場の中に居て、爆破の瞬間を待った。
岩にダイナマイトを仕掛けている職人の様子から、どの岩を落とすつもりなのか、藤吉は岩山の形や岩の大きさから予想して、爆破を知らせるサイレンを待つのだが、藤吉が予想した岩は確りと断崖に残り、全く予期もしない岩がトンデモナイ方向に崩落することが多かった。石切り場の仲間に尋ねると、仲間は『頼まれた量の石を頼まれた形に崩落させている』のだと説明した。藤吉には『その様な事が出来るのか!』とオドロキ、『正に神業ナリ!』と憧れ、職人達を尊敬した。
ある日、藤吉は親方が何気なく話した『石目』の話しを聞いて、なぜ予期しない岩が崩れ落ちるのかハッキリと分かったような気がした。『石目』も知らずに『あの岩の下に穴をあけているから、今度こそあの岩が落ちる』と、勝手に期待していた幼稚な自分が恥ずかしかった。
だが岩の奥に広がる『石目』は横の断面から見ないと『石目』の筋は分からない。岩を割って見れば『石目の筋』は一目瞭然だが、割ってしまっては意味が無い。
藤吉は石切り場の仲間の縁で同世代の『石工』達と知合って遊んだ。それぞれ『親方』の違う『職人』未満の石工の小僧たちが山裾の駅に集まって遊んだ。(『遊ぶ』といっても、仕事を終えて、汗を流し、夜 街に出てラーメンを食べて、酒場に通じる路地の自販機で『缶ビール』か『酎ハイ』を買って橋のたもとで屯するダケ)なのだが、小さな悩みを語り、自分の『夢のサワリ』の部分を少しばかり披露しあうのだ。
それぞれの『夢』はどれも貧相な物で、淡いものだった。だから、自分でも恥ずかしく『サワリ』しか話せないのだ。それでも、少しばかり呑み慣れない酒の力を借りて、仲間達に聞いてもらいたいのだ。
親にもらったゴツイ体格の若者達の夢には『欲望』や『決意』はあっても、独りよがりの『欲望』や『策略』はないし、挫折や悲壮感もない。
誰かが話しをしている時に時々酒場に出勤するホステスがこの路地をぬけて店に向かう。…すると、話しは途切れる。話しを続けてみても、誰も聞いていないのだ。
何とも言えない好い香りを靡かせて 通り過ぎて行く。
全員が「……。」
暫くして誰かが、
「俺は嫁さんをもらったら、大切にするぞ!」と、呟く。
「俺だってするよ。」
石工たちは、どこまでも純粋だ。そして、明日の現場は朝が早い。
それから五・六年が経過して、そろそろ三十歳の声を聞く頃に成ると 若い仲間達は夫々にいっぱしの『職人』を張り、自分の夢に向かって、石切り場の山を望む田舎街を巣立っていった。
巣立って見ると、世の中は厳しかった。職人の世界は腕を上げると、忽ち忙しくなる。腕を見込み、人柄を認めて仕事が仕事を呼ぶからだ。これは『ヘタクソには仕事は来ない』と言うことだ。 そして世間の掟は『甘え』を許さず、非情で厳格だった。一度でも 約束を守れなかったり、手抜きをして『見かけ倒し』や『誠意が見えない仕事』を納めて、帳尻を合わせ、 『是で善し!』と自尊をすれば、次第に味方の影は消え去り、何時の間にか『独りボッチ』にされてしまうのだ。
・・・次回へ続く
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