三途の川ぶらり旅

山口 孝一郎

その8(仇討ち野郎)

「オイこら! ヌシ等、何処から来た!」
突然うしろの岩の影から声がした。あたりを威圧する野太い声だ。
エプロン男はたまげて、すでに二三歩後スザリしている。
振り向いてみると、大柄な四十絡みの男だ。ボロボロのステテコを穿いている。小柄な男と二人ずれだ。
「いきなり後ろから『ドッカラ来た?』と言われても、答え様が無いがのう。他人様の素性を尋ねるんなら、先ずは自分の素性を明かすのが『筋』じゃあ、ゴザンセンかいのう?」
藤吉は落ち着いた口調で伺いをたてた。
「……。」
ステテコ男は伺いを立てられて、ビックリした様子で黙って立っている。
良く見ると、上半身は裸で髪は白髪まじりのボサボサ頭だ。グリグリと捩じれた杖を片手に素足で立っている。体格は立派だ。
この男、暫く黙ったまま対峙していたが『チッ!』と舌打をして踵を返して立ち去ろうとした。その時、
「あいや、兄ちゃん達 チョイと待ってくれろや!」
「……。」
「此処では仁義も、挨拶もご無用さんかい?」
「……?。」
藤吉の声には『無礼な振舞いは 許さないぞ!』と言う迫力があった。
男達が立ち止まって振り向くと、今度は丁寧な口調で藤吉は話しかけた。
「アッシが無礼なれば差し控えるが、兄さんたちはこの世に随分と詳しい様子だから、色々と教えてもらえんものかいのう」
すると『チッ』と舌打をしたステテコが口を開いた。
「爺様にそれほど下手(したて)に出られては 先ずは先刻の無礼を詫びて、手前どもの人別を明かすしかゴザンせん。何なりと、お尋ねくだせえ。知ってる事は しゃべくりやしょうほどに。」
何だか 百年も昔の口調のようだ。
「これは早速に 我ら死にたて衆の頼みを聞いてくだされて、礼をいいます。  『アリガトウ』。」と、変な言葉つかいになって 藤吉は軽く頭を下げた。
「ところで、一つ伺いたいのじゃがのう。ここには『夜がないし、朝もない。』『腹も減らないし、お天道様』も出ない。時間はどうして計るのかいのう?」
ステテコは思ったこともない事を訊かれて 驚いている
「時間? 時間がどうして気になるんだい? 爺様は今が『何時(なんどき)』だかを知りたいのかい? ここには、そんなものはハナから御座んせんよ」
あらためて言われてみると、藤吉とも有ろう者が ハシタナイ質問をしたものだ。
(確かに ここには 『時間』というものは無いし、必要もない。)
(なるほど、俺は生きていた間 時間に縛られて一生を送ってきた。陽が昇り朝が来て、陽が沈み夜が来る。時を刻み時が流れる。前世には厳然として『時間』が流れていた。しかも 人々はその『時間』に追い立てられて仕事をこなし、『約束の時間』内に余裕を持って仕事を納める事が生き甲斐とさえ自負してきた。)
でも、是こそが 人間の独りよがりの錯覚かも知れない。なぜなら、地球上の人間以外の無数の生き物にとって 暗い夜や明るい昼間という現象は有っても、限られたり、急がされたり、と言う『時間』は始めから、無いからだ。
時間の観念の無い生き物を 人間は 『下等動物』とよんで蔑んで来た。だが、時間に縛られないで『親』から『子』へと命をつないで生きている動物は本当に人間より『下等』だろうか? 『時間』に追い立てられながら 『親』から『子』へと命をつないて生きる人間は彼等を『下等動物』とよんで、バカに出来る程『上等』だろうか?
戸惑いながら考えているうちに…。
藤吉の脳裏に今度は 今まで思いもしなかった疑問が過った。そしてトンデモナイ事に気が付いた。
ここには『時間』はないが『時』は流れている。
時間の無い『時間』ってなんだ?
これから俺は『時間の無い時間』をここでずーっと過ごさなければならないのか!  『ずーっと。』だぞ!
ずーっとが終ってもまた、ずーっと、そしてまたと、永遠にだ。
生きていた時は、辛い事や嫌な事は息を詰めてしばらく『我慢していれば』良かった。 (物事は頭の上を通過して往ってくれたから)
でも、ここでは違うかも知れない。
一度、我慢を始めれば、『ずーっと』 我慢していても、まだまだ『ずーっと』我慢しなければならない、かも? 『ずーっと・ずーっと・ずーっと、そして、又ずーっと』 となれば、これは『キツイ!』 ・『もう!我慢出来ない! 夢も希望もナイよ。死んでしまいたいよ!』と、叫んでしまうかもしれない。
前世では、いよいよドウにもならない時は『死んでしまえば』良かった。『自殺』という苦難を逃れる手段があったから。この手段を使うか使わないかは全く自分の勝手だが、この手段は誰もが持っていた。
だが、死んでしまったこの世では、もうその手段は無い。もう一度は死ねないのだ。
黄泉(よみ)の世界には、能動的に自分の『命』をコントロール手段はない。
少なくとも、今のところ見当たらないし、考えつかない。
『考えつかない』のは、黄泉の世界の新参者だから、黄泉の物理に暗いせいなのかも知れない。こうなったら、『急がばまわれ』の謂れも在る。何も急いで川を渡る理由は無さそうだ。
『とりあえず 今は川を渡らない』と腹を決めて辺りをみると、ステテコ組の二人は昔からの仲間の様な顔をして、すぐ傍にまだ立って居た。
「兄さん達は わしらが何処から来たと思って声を掛けなすったのかい? わしらは日本国の平成の時代から来たのじゃが それがどうかしましたかな?」
藤吉がステテコに声を掛けると、
「面目ねえ事でごわした。先程は不躾な『面通し』でやんした。わしらは仇討ちを果たすために 仲間内だった『性悪の舎弟』を待ち伏せ中でごわんす。爺様の厳つい肩の後ろ姿があんまりも、舎弟に似とったもんで…。ウロタエてしまいもした。ほんに すまんこっでした。堪忍してくだせえ」
「で、ごわんした。……くだせえ。」と、連れの尻からげの小男もペコリと頭を下げた。
よく観るとこの二人連れ なかなかの容姿だ。
兄貴の方は顔付は鼻筋が通って、厳つく、一見粗野な風貌に見えるが、眼光は鋭く、精悍な面相をしている。一方のちょうちん持ちの兄ちゃんも、小柄とは言え、数々の修羅場を潜り抜けた百戦錬磨のクセモノの面構えだ。
・・・次回へ続く
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