晩酌パブの『いろは唄』

山口 孝一郎

正義の『せ』  生活の正義・戦場の正義

組織の中で『正しく生きる』ことは難しい(出来ない)と聞く。
或る日。
はるか雲の上の人と思っている幹部管理職(自分は 名前すら覚えてもらっていない と思っている遥か彼方の席に座して指揮を執っている上司)に突然呼び出される。
自分の名前を告げて上司の前に立つと、衝立ての奥に案内されて、『口外無用』と、口止めをされた上 短い期限つきの 難しい受注商戦の『作戦企画』を託される事もある。
(これは、栄達のチャンス到来! とばかり、色めきたっては見るものの…)誰にも相談は出来ず、大まかな予算の規模すらも質問できないまま 迫り来る期日を前にして 又々、連日激しく悩み続けるのだ。……が、
そういう時に限って『(我ながら)さすが』という評価を期待できるような『名案』は浮かばない。『口外無用』の制限はキツイ縛りとなって脳裏に残り悶々と苦しんだまま、非情にも期限の日の到来となってしまうのだ。
結局、時間に押しつぶされ その結果 『悪』とは言えないが、『正しくはない』と思いながらも 上司の見え見えの思惑(おもわく)に媚びて 『不本意な利益第一主義で(なりふり構わぬ)極右翼型のGO! GO! プラン』を練り上げて『能無し左遷(のうなし させん)』を覚悟して『エイ! ヤア!』とばかりにプランを提出して 天命を待こともある。
その様な(我ながら恥ずかしいと思う程のゴマスリ企画)不本意だらけの苦渋の提案をした後は、『男には 清濁を併せて呑み込まなければならぬ事もアルのだ!』等と自分に言い聞かせて苦悩を凌ぐのだ。だが、心は晴れない。
『清濁を併せて呑むのは男の度量』・『清水に 魚は住まず!』と名言を並べて凄んで、自分を押さえ込んで見ても 現実には『自分ファアスト!』 『自分が一番大切』の性(さが)にまけてしまった自分が情けない。
人間社会の全ての行動の結末が目には見えない角度で『悪ではないが、正しくはない』方向(自分勝手。権力迎合。昇進アリキ!)に少しずつ向かって進行しているように見えてくるのだ。
そうした朧(おぼろげ)ながら『自分ファースト』・『正しくはない』・『悪ではない』と思われるギリギリの流れに加担して生きる自分の生き方(正確に言えば 加担しなければ生きては行けない現実や自分の職域)に嫌気がさし、
(心の中で『おまえ 本当にそれで良いのかヨ?』と問いかけ、『仕方がないだろう!』と言い訳を返して)モヤモヤとした罪悪感と 中途半端な『正義感』に苛まれる(さいなまれる)ものなのだ。(まだ 未熟で純心だから?)
利益の追求は決して『悪』ではない。(そんな事は誰でも判っている。) だが『巨額の利益が見込まれる取引』となると、様相は狂気の世界に一変する。
どれ程の狂気かは 敗北した者にしか理解できないのだが、『白い布を前にして上司に(黒だろう!)と言われれば(黒でした!)と本気で返答する』世界が平気で実在するし、『良く観察をしたら 黒でした!』と言わせる力学が当然のように存在するのだ。
(至上命令=巨額の利益を 易々と競合他社に渡す訳にはいかない。)
『負けられない!』となれば事態は戦いに発展する。国と国との争いならば、激しく成ると『戦争』になる。
戦争になれば『過去の取り決め』を無視しても『勝てば』許され、将軍様になれるのだ。
反対に敗戦とならば『取り決め』不履行の罪を問われて罪人となり、この世を去らなければならないのだ。
利益の追求は 明らかに『悪』の顔も持っている。
利益の争奪戦(受注合戦)では大きな力に圧されて個人の持つ『罪悪感』等は『女々しいセンチメンタル』と一蹴されて 見向きもされない。強気の判断や決済が無条件で『勝利者』となるのだ。
受注合戦の水面下では 情報の争奪戦となり、怪しげな情報も交錯する。 水面下の偽情報(にせ じょうほう)はどこまでも『真実』に見えるし、本物の情報はいつも『ウソッぽい』のだ。
受注合戦の戦場では、昨日の味方が今日は味方ではなくても、何の不思議もない。なぜなら 昨日まで『敵』を『敵』だと見抜けていなかったのは『お前がバカだったから!』だ。
『相手が一枚上だったから!』とバッサリ切り捨てられ、負けた方は イキなり『戦力外』のレッテルをオデコに張られて 水面下から追い立てられ 太陽の恵をサンサンと受ける海面(法の世界)に浮上させられてしまうのだ。
ビジネスの戦場では 命のやりとりは無い(見えない)。
だが、負ければ ビジネスマンとしての生命線は断たれ 昇進は臨めない。自分以外は(同僚を含めて)全てが敵かも知れないのが定番だ。(本当は全員が『敵』)これが『水面下』の常識…… なのだが。
ともあれ、こうした数々の商戦を戦い抜き 生き残った勤続十数年の企業戦士達は夕方事務所に戻ると とりあえず一日の戦いに区切りをつけて、戦士の荷物を事務所のロッカーに押し込んで鍵を掛け 帰宅の途に付くのだ。
帰宅の電車に身をゆだねると戦士達は 大きく息を吸い込んで肩の力を抜き、大きく吸い込んだ息を ゆっくりと吐いて 我に返ると言う。
列車が幾つかの駅を通過して 次第に車窓から高層ビルの姿が消え、電車が自宅に近づくに従って『勝利して何ボ!』『蹴落として何ボ!』と荒ぶっていた『戦士』達(下層管理職をふくめて)の表情は 徐々に和み(なごみ)刺々(とげとげ)しさも消えて 表情は子供達が待つ『頼もしい お父さん』の顔になっていくのだ。
・・・次回へ続く
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