晩酌パブの『いろは唄』

山口 孝一郎

独り酒の 『ひ』

少しばかり大きな我慢を乗り越えたり、自分の手腕で 身の丈以上のトラブルや難関を乗り越えたりした時には ヤッパリ 心の片隅で  『そうだそうだ。あんたは偉かった』・『見上げたもんだよ』と誰かに小さな声でエールを贈ってもらいたいのだ。
(大きな声やお世辞はダメ!)
オヤジ達の心の中は どこまでも素直で 直線的で分かり易い。
そして心の中は いつも キレイだから 歯の浮くようなお世辞や 上から目線の物言いには ことの外敏感に反応し 場所を構わず怒鳴り返す事もある。
(単細胞は十年や二十年では完治しないし、バカは やっぱり『死ななきゃあ 治らない』のが 通説だが 『治りたくない!』 と言う人もいるし、『バカがいい』と本気で念っている人もいる。)
誰もエールをくれない時は 手酌での『独り酒』となるのだが、
(事情も承知しないで エールをくれる人はいない。)
独りで酒を注ぎながら 心の中で自分で自分にエールを送るのだ。
「俺は良く頑張ったよ!」 「そうだよ、アンタは最近ず?っと 気が休まる時が なかったからな!」と。
そして 「でも、うまく行ったのは 偶々(たまたま)ラッキーだった事と みんなが頑張ってくれた おかげだったよ。 なア!」 と独り言を並べて満足をするのだ。
これは 『ヤケ酒』でも『ヒガミ酒』でもない。 独りで酒を楽しむ『独り酒』なのだ。
独りで酒を楽しむときは、周りには誰もいない方が良い。 
恥ずかしいほどの 自画自賛劇場だから 誰にも覗かれたくないし 邪魔をされたくないのだ。
『自賛劇場』には 苦悩や試練や怨み事 等のマイナス要因の登場は一切ない。
過去を振り返えれば (一気に20年程をさかのぼって) 入社間もない頃の未熟な自分が見えて来る。
ひたむきな努力(自分が勝手に そう思っていただけ)の思い出と数々のラッキーな出会いが思い出される。
色々な失敗も想い出すのだが いまだに心の底から感謝をしている たくさんの人達が 次々と登場するのだ。
その中には すでに鬼籍に入った先輩もいる。
いつも想い出しては 『おかげさまで 元気で頑張っていますよ。』と、一緒に仕事に励んだ 頃(戸惑っていた 駆け出しのころの自分を邪魔者あつかいにしないで 物事の道理と手順を 一つ一つ教え込んでもらった頃)をなつかしみ あらためて 独りでしみじみと『感謝の献杯』もできるのだ。
そしてまた『自賛劇場』の将来を観れば (このままじぶんの欲を少しばかり控えながら頑張れば、)
自分達家族の穏やかな(中位の)老後と家族の繁栄が見えて来るのだ。
(自慢はダメと言いながら、やっぱりチョッピリだけ 自分だけで 自慢したいのだ)
自分の将来には何の不安も見えて来ない。
(有り難い事ですよ。と 盃に向かって呟いている 事も有るのだ)
家族の全員が 素直で奢らず 正直でよくばらず 助け合って 無理をしないで 生きてくれれば 子供達の家族にも中位(ちゅうくらい)の幸せも見えて来るのだ。
手酌の酒に『自賛劇場』の数々の場面を思い起して溶け込ませ、先輩達への感謝の気持ちを込めて これをグイ呑み用の盃に満々と注い(そそい)で 一気に『ゴクリ!』と喉を鳴らすのだ。
『ゴクリ!』と呑まれた酒は薬酒(やくしゅ)となって あらゆるストレスを弾き飛ばして咽もとを通り抜け、我が身の『幸せ』を五臓六腑に配達して行くと言う次第だ。
『万病の素(もと)』と言う ドウしようもない『ストレス』を弾き飛ばしてしまえば、 企業戦士の『おとうさん』も 『独り酒』のおかげで 余裕しゃくしゃく 福の神の後光を背負って 『主人殿(あるじどの)』の顔を取り戻し  堂々と家に帰れると言う寸法なのだ。
こうして『晩酌パブの酒』は間違いなく副作用ナシの『妙薬』に変身するのだ。
・・・次回へ続く
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