晩酌パブの『いろは唄』

山口 孝一郎

本気になれの『ほ』 仕事に惚れろ!の『ほ』

「好きな事は誰でもやりたいことなんだろうが 本当に自分の『好きな事』を見付けるとか『好きな事』に巡り会うと言うのは至難の業だと思うよ。
まさに宝くじに当るようなもんだよネ。
 たしかに一平ちゃんの言う通り『夢のまた夢』かもね。命をかけたいと思う様な『好きな事』は お金を生まない事が多いからな。
社会人になって所帯を持ってしまうと、そんなことに のめり込んでしまえば、家族を路頭に迷わせかねないからなあ。
 この歳になるまで 一平ちゃんを含めて俺達は勤め先の会社で 与えられた仕事に頑張るしか なかったよなあ。」
「俺等はもう それでイッパイイッパイだったからなあ」!

「定年になってからは『何かをやって お金を稼ぐ』などという意欲は どこかに消えてしまって、もう『何にもヤリタクない!』いんだろうね。
それが自分に正直な本音かもね。多分!」

 中には現役の間に生涯全力を注ぎたくなるような仕事に出会い、退職の日をむかえる幸せ者もいる。
自分が没頭の出来る仕事が『世のため、人のためになるか ならないか』は別にして、そう言う仕事に巡り会える人は『生涯現役』を張って最後の息を引き取る日まで青年の様な気概で頑張るにちがいない。

「だがさあ『何にもヤリタクない!』からと言って『毎日が日曜日』と決め込んで毎日々 ゴロゴロ、しているのもツライぜ!
『……朝寝して、夜寝るまでは昼寝して、時々起きて居眠りをする。…』なんていう 豪快なぐうたら節の唄もあるけど、そんな生活を十日も続ければ忽ち病気になっちまうよ。
 そこで、ぐうたらは三日で卒業とか 十日毎に一日とか自分で決めて、必ず到来する『老後』をどう生きるか真剣に考えなければいけないんだよ。
ただ大切なのは やっぱり 心機一転『命が尽きるその日までがんばるぞ!』って言う強い決意が一平ちゃんに『アルかナイかだけ』だと思うよ。
 格好悪い爺様が『格好良く変身しよう!』ってんだからさ。生半可な決意じゃあヤッパリ話にならないと 思うよなァ」

「……、玄さんそりゃあ無理だぜ。
 俺が突然『明日から命が尽きるその日まで がんばるぞ!』なんて言い出したら、女房だって、鼻先で笑い飛ばすか、いよいよ本格的なボケが始まったと思うだろうヨ」
 一平はビールを飲み干すと、今度は日本酒を注文した。
「盃は一つだよ!」

「一平ちゃんよゥ。俺は思うんだけど、格好いい人間はヤッパリ『見てくれ』だけじゃあなくて中身も『偉い人』でなきゃあダメだと思うんだよネ。
と、なると『偉い人』になるための努力も少しは必要になってくるよね」

「何だいそれは、随分とウザイ話になってきたじゃあじゃないか。俺はそれほどまでして 頑張りたくはないよ……。
 ヨ〜シ、分かったヨ 玄さん。やっぱり俺は止めとくよ。二・三日なら頑張れると思うけど、ズ〜ットだろう? 死ぬまで頑張るんだろう。
だったら モウ俺は格好悪くてもいいよ。第一今更『偉く』なんか 成りたかアねえしよう。
 俺はガキの頃から優等生なんかにゃあ なった事あ一度もないし、成りてえとも思ったこたァ 一度もねェからよ」
「一平ちゃん、そう簡単に諦めるなよ。これは俺の説明の仕方が悪かったよ。どうも巧く説明ができないけど、俺が『偉い人』って言う人は 会社で偉かったり、役所で一般人が近付けないほど偉かったり、俺は偉かったぞ! 何て自分から言い出すような『偉くも何ともない偉いヤツら』じゃあないんだよ」

「じゃあ 偉いのって誰だい? 天皇陛下様かい? 総理大臣かい? そう言えば俺は知合いの中に 偉い人は一人も居ねェなあ。居なくてもいいけどさ。」
「一平ちゃん、陛下や総理は偉すぎだよ。俺が『偉い人』って思うのは、その人が死んでからでも誰かが『これは有り難い』とか『成る程』とか『そうだったのか』とか『これは美しいよ・美味いよ』と感謝されたり、喜こんだりされる物や、考え方を残した人じゃあないかと思うんだよ。
 残しきれなくてもいいんだよ。途中までしか出来なくて 死んじまっても良いんだよ。
『何か役に立つものを 残そうと頑張った人』は偉くて格好がいいんじゃあないかい?
 しかも自分の真心とエネルギーを出し切って死ねるんだからさ。 それに一平ちゃん 死ぬまでず〜っと格好悪いのもツライぜ」
 玄さんは一平の顔を覗き込んだ。

「そうか死ぬまで格好悪いのか…。
 何だい玄さん。また手品師みたいな事言い出してよ。何だか又頑張ってもいいかな?って気になってきたよ。これはきっと この日本酒のせいだな」
「そうかも知れないな。サッキから自分独りで随分と美味そうにチビリ、チビリと 舐めてるもんな。『盃は一つだよ!』って大きな声を出してさ。
ところで一平ちゃん、気分の良いところで、もう少し辛抱して俺の言い分を聞いてくれよ」
「いいよ。聞いてやるよ! どうせ 俺は今ヒマだから」

「俺等が辿り着きたいと思っている『格好の良い年寄りの生き方』は見た目じゃあないんだよ。ハゲ頭でも良いんだよ。一番大切なのは『心意気』だと思うんだよネ。心の中は若いフロンティアと同じじゃなければ ならないんだよ。『心』が若いんだよ。若かった頃の心に戻るんだよ。『心』が爺様になると『気持ち』も『考え』も爺様になり 忽ち『行動』も『体力』も爺様になるんだよ。

 俺の家には爺様の猫が一匹いるんだがね(名前はミー子)、もらって来たときは 生まれて間もない子猫だったよ。
その頃は狭い家具の隙間に入り込んだり棚の上の函の間に隠れたりしていたんだがね。床にボールを転がそうものなら 何処からともなく ササッと現れてボールに飛びついてたんだがね。最近は家の中の日溜まりを見付けては 一日中 長々と寝そべっているんだよ。
 ボールを投げてみると 閉じていた目を半分位開けるだけ。
鼻先の床に『ドン!』と俺が踵(かかと)を衝くと 驚いたのか目を開けて俺の顔を見て『ミャー』となくだけ なんだよね。
 名前は爺様だけど『ミー子』って言うんだよ。俺は毎日ミー子を見ている所為か ああ言う爺様には成りたくない(意識をして『若い気持ち』を鼓舞しないとダメだ)と思っているんだよ。

 だから(お金や名声などは無いけど)お金や名声などよりも自分が見つけた生涯の仕事をがんばって、誰かにバトンタッチ出来れば それでもう充分なんだと 思うんだよネ。
 なかなか『バトンタッチ』とは行かないと思うけど、それを願って息を引き取るその日まで頑張れるとしたら、その生き様は 人間として『生』を受けた者にとって最高の格好良さだと思うんだけどね」

 すると、先刻から玄さんと一平との対面のカウンターの中でコップを磨いていたママが口を挟んだ。
「フ〜ん。そんな人が格好いの? 私には頑固なお爺さんが 勝手に俺の幸せは『これだ!』って自分勝手に決めつけて 何か無駄な事(一円にも成らない事)をやってるだけで、偉くも何ともないように思えるわ」
「そうだよ! そうだよなあ ママ。全くその通りだよ。玄さん それってヤッパリ格好悪いよ。ボケちまった様でヨ。オラッチはま〜た 格好悪くても気楽な方が良く成って来ちゃったよ。玄さんには 悪いけどサア!」

「ママはまだ若いからピンと来ないだろうけど、我々の歳に成ってみると分かるんだよ。三〇代から四〇代はホントにアッと言う間に通り過ぎてしまうんだよね。毎日仕事に追われてさ。気が付けば もう五〇だよ。
 ママだって すぐに 五〇だゾ!
『アッチ向いて ホイ!』って言う間だよ。」
 玄さんはカウンターに肘を付くと手首を曲げ 人指し指(ひとさしゆび)をママの顔に向けて『アッチ向いて ホイ!』とやって笑った。

「やがて子育てが終わり、子供達が所帯を持って出て行くとホットするよ。
ホットして自分の事を考えると、目の前はもう『定年』そしてその先は一平ちゃんの言う通り『老後・病気・葬式』だよ」
 若いママは黙ってしまった。
「それでも昔はマダ良かったよ。『老後・病気・葬式』と トントントンと行ったからさ。だから順繰り、順繰りで 年金のローテーションも集金と支払いのバランスが巧い具合にとれていたんだよネ。キット。
 でも今は全く様子が違うよ。血圧を測って『これは ヤバイ!』となったら、薬を調合すれば簡単に改善するし、血液も薬でサラサラになるし、コレステロールも立ち所に分解して調整できるんだから。

 そこに来て いよいよ死ぬ時が到来しても、食べれなくなっても その気になれば、ノドに孔を開けて胃袋に直接栄養食を送って五年でも十年でも生きられるんだからね。これは『生きているだけ!』だけどさ。
 莫大なお金はかかるかも知れないけど。 親族にとっては一日でも長く生きていてもらいたいだろうし。それに、お金がかかると言っても、貯め込んだ本人が自分のお金を使うんだからね。

 それに加えて 最近の年寄りはなかなかしぶといんだよ。平均寿命だって戦後25年で 十才ちかく延びたと言ってるしネ。そうだよ、なかなか死なないってことだよね。
 健康食に拘り(こだわり)、電気で筋肉を振動させて一日中ゴロゴロしていても運動不足にはならなで、脂肪分を燃焼させて筋肉質の身体に改造するってんだからさ、全く『オドロキ モモノキ』だよ。
 科学の力は無精者にも平等に至福の時間をプレゼントするんだよなア。
 有り難いのか、どうなのか? どこかで 大きな間違を見過ごしてしまっているようで仕方がないんだよね。

 だけど、喜んでばかりじゃ居られないんだよ。科学の発達に比例して 国のお金も 個人の老後の預金もはドンドン減って足りなく成って来てるのが事実だからよう。年金を支払う国の方だって、無い袖は振れないんだから法改正で『年金0円』の時代の到来だってアリなんだよネ」

「エッ! じゃあ玄さん、どうすれば良いのヨ」と、急にママ。
「どうにも成らないよ。世の中は『道理』で動いてるんだから。年金を払う人がダンダン減って、受け取る人がドンドン増えてるんだからさ、早晩払えなく成るのが『道理』だよネ」
「玄さん その言い方は無いだろう! まるで他人事のようなコメントじゃないか。それじゃあ オイラの将来は真っ暗なのかい?」
「そうよ。何か方法があるでしょう! 玄さん。早く何か考えなさいヨ!」
 と、今頃に成ってビックリした様な声でママが口を挟んだ。
「方法はイッパイあるよ」
「イッパイ有るんなら 勿体ぶらないで早く教えてよ」
「一番簡単なのはママが三〜五人ぐらい子供を産めば良いんだよ」

「イヤヨそんなの。冗談キツイよ!」
「ジャア駄目だな。ゆるやかな人口増加が健全な国力増大の基本だから、ママの年代の女性達が四人位の子供を産んでくれれば日本の将来は明るいんだけどね。嫌なら仕方が無いよ」
「だって私、頭悪いし」
「そうだったよな! ママは相当頭悪いもんなあ。それをわすれてたよ!」
「モー! 私は謙遜して言ったんだからね 玄さん」
「ママ本当の事は『謙遜』って言わないんだよ。」と一平。
「ウルサイよ! ハゲ爺!」とママが笑った。

「残念だよなあ〜。形はすごく良く産んでもらっているんけどね。半分半分には出来なかったのかねエ」
「一平ちゃん! 何て事いうの。ドサクサに紛れて! モー!」
「『天は人に二物を与えず!』か。昔の人は良く人間を観察しているよ。そんなことになったら日本人は顔は良いけど 馬鹿者だらけになっちまうもんなア」
「玄さん! 玄さんまで 何て事いうの。調子に乗って!」

「いや 少しぐらい悪くても良いんだよ。次の世代で改善するって言う事も有りだからさ。」
「コラッ! 玄さん。モー承知しないよ。」
ママは少し本気で怒ったようだ。
(ママ=訳あってシングルマザー、二女の母親、国立大卒のエリートだ。この事は 玄さん達を含めて お店の客達は誰も知らない)

「御免よ、謝ります。そんな事言っちゃあいけないよね。俺が悪かったです。だから、あと何人か子供を産んで下さい。」玄さんが頭を下げた。
「イヤよ! 私今 本気で怒ってるんだから!」
「最高の親孝行は『立派に子供を育て上げる事!』って言うかさ。
そこのところを良く考えて『ヤダ!』なんて言わないで子供をイッパイ生んで いい子に育てて いいお婆さんに なってもらいたいよ。」
 ママは『プン!』とソッポを向いてしまった。

 文明が発達して便利になればなるほど、人はモノグサになり自分勝手になる。
子供を産み育てると言うことは、大変な労力と気使いと自分が正しく生き抜く(自分が 子供達の手本になるのだから)毅然としたエネルギーが必要だ。
 民族や国家の盛衰が人口の増減にピッタリと符号している事は歴史が証明しているが、子供の成長とともに、家庭が出来上がり親も成長する。
古来 健全な親の成長が健全な国家を創りだす素(もと)だと言う統計がある。

「玄さんよう、理屈はそうかもしれないけど、今時の若い連中に『子供を産め!』ってお願いしても 多分ダメだと思うよ。他にいい方法はないのかね」

「無い事はナイと思うよ。
例えば積極的に移民を受け入れるとか、何処かの国と合併するとか、資源やエネルギーを創り出すとかね。
 さらに『自分だけが良ければ良い!』と言うんなら モットあると思うよ。
自分の全財産をお金に換えて 百万円が一億円にも成るような未開の地に移り住むとか、勇気があればだけど きれいにお金を使いきって『ハイ、さようなら!』とばかりに、積極的に死んで見るとか、チョット考えただけでも 十や二十の方策は思い浮かぶけどね」
「だめ、だめ。そんな自殺をするような人生はつまらないわ。まるで沈没船に乗っている人みたいじゃないのよ!」
 どうやら、ママの機嫌は少しばかり治まったようだ。
「そうだろう。『沈没船』はつまらないだろう。だから 人様を頼らないで自分が 本気になって生きる事を考えなきゃあいけないんだよ!」と、玄さん。

「……? ジャア 例えば… 俺は本気になって何をすればいいんだ? 玄さん教えてくれよ!」
「自分が本気になれる『夢』を探せばいいんだよ」
「へ〜エ『夢』をねえ。例えば?」
「例えば 宝探しとか、癌が消える『酒』を造るとか、空気からエネルギーを捻り(ひねり)出すとか、成長ホルモンを研究して 人間の背丈が少し伸びる薬を発明するとか(これは売れると思うよ)。とにかく何でもいいんだよ。自分が『有ったらイイなあ』って思うものなら何だっていいんだよ」

「へ〜。玄さん 俺は今 玄さんから良い事を聞いたよ。俺はソレ それがいいよ。ソレに決めたよ『癌が消える酒』に!

玄さん これはドウやって造るんだ?」
「一平ちゃん それとってもいい考えだわよ。私 そのお酒 売ってあげる!」
 一平の目付きもママの目付きも一挙に輝きはじめた。

「二人とも、少し落ち着いてくれよ。俺はそんな物が有るかどうかも知らないし、まして造り方など知っている訳がないよ。
 そもそも薬酒とか、薬膳とかは中国で二千年以上まえから取沙汰されているんだから、それらしきレシピは有るかも知れないけどさ。
 今は これだけ多くの人が癌で死んでいるんだから、『酔っぱらっている間に癌が治る』なんてそんな有り難い物が有るんなら 俺達『酒呑み』が知らない訳がないよ。
「だからこれは 今はまだ、何処にも無いんだよ。キット!
このアイデア間違いなく 何処にも存在していないやネ。
そうなると、早くしないとダメダよ。誰かが考え付くかも知れないからな?」

「ヨ〜オシ決まりだぞママ、玄さん。俺はその酒に命懸けるぜ!」
「ママこれは大変な事になっちまったよ。実現したら 一平ちゃんは世界の大富豪の仲間入りだよ」
「玄さん、とりあえず俺は何からやればいいんだ?」
「さてよなァ。まず、一平ちゃんが独りでナメているその残っている酒を 皆のコップについで『完成祈願』の献杯の儀式からだろうな。」と笑った。
・・・次回へ続く
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