三途の川ぶらり旅

山口 孝一郎

その11(地獄の卒業生)

『もっと大きく、もっと楽しく、もっと力強く!』いきましょう。一人ひとりの力は小さくても、皆で『知恵を搾って』、本気で『チカラを合わせれば』きっと 川向こうの閻魔大王に 我らの存在を認識させる事くらいは出来ると思いますよ。」
一同は真剣な顔付で藤吉をみあげている。
「ワシの名は『藤吉』と言います。 以後お見知りおきくだされ。 名字と戒名は 名乗り挙げる程でもありませんので、 ワシの我が儘で『忘れてしもうた』と言うことにして、 ここは一つ収めて下されや…。」
「さすがに、『師匠』は、いや、ゴメン 藤吉さんは 良い事言うね こちとらは、アバラ骨の内側がブルッと、震えて 本気の本気が出て来たわいね。」と健吉。
「ところで、…。」と、藤吉は自分の考えを提案した。
「早速の提案じゃが、楽座の『座長』を宗さんにして、あとの健吉さんと安さんとワシ等の三人は『楽座』を支える『支えの三人衆』と言うことで、始まったら 如何じゃろうかいのう。」
「んだ! んだ! 『支えの三人衆』かあ! いいね。いいね!兄者もん! やっぱり『師匠』は言うことが、気持ちいいよ!」
「うるせえゾ 安! のぼせるな! 『藤吉っあん』は 『師匠』と呼ぶなら、我等とは『付き合わん』と仰せだぞ! あやまれ!」
「そうでやんした! ごめん、ナスッテ! 皆々様!」 安サンは 例のごとく自分の頭をクルリと撫でて、ピョコンと頭を下げた。
「座長! アッシも座長を支えて見事な『楽座』を創りあげたい。 この先に小さな滝があります。滝のうえにはこじんまりとした木陰があります。風も程よく通り、談合には良き環境なれば、今から案内致します。」
一行は安さんを先頭にして歩き始めたのだが、藤吉はすぐ前を歩く宗明の腹の皮のエプロンがスッカリと消え、人の姿とは思えなかった奇怪な姿も消えて、中年男の勇姿宜しく颯爽と歩いているから不思議だと思った。
『不思議』なのは、説明が付かないから、『不思議』なのだが、藤吉の視力の回復もここでは当たり前の現象なのだから、不思議がらないで、受け入れざるを得ない。
岩戸に辿り着くと、安さんは、下の滝から 蓮の葉に似たおおきな葉に、なみなみと汲んで来て、凹んだ岩の上に置いた。
たいして喉が渇いていたわけでもないのに、安さんに勧められるままに 笹の葉で梳くって飲んでみて、驚いた。冷たい物がのど元を通過して、頭の中から、手足の先までが洗浄された様な気がした。
『これは 売れる!』藤吉の頭には確信の様な物が一瞬閃いた。そして、次の瞬間、 ここでは『売ってみても 意味が無い』事に気が付いた。
その時『支えの衆』の健吉が切り出した。
「座長 楽座では 何を売るつもりですかい?」
「そうですねえ それが 問題ですよ。 通りがかりの人が 気楽にいつでも、そして いつまでも休める場所にしたいですね。」
「えっ! いつまでもですかい? 金は要らない。 いつまで居てもですかい?それじゃあ ここが極楽ちゅうこつになりまっせ?」と健吉。
「兄者! だからしょて(初手)から『楽座』でがんしょう? 『極楽座』でがんしょう?」と、安さん。
「前世を懸命に生きて来た人も、なまけて生きて来た人も この楽座で少し休めばいい。 栄華を極めて死んだ人も、生涯貧乏から抜け出せないで頑張り通して死んでしまった人も、ここで少し休めばいい…。 どうせ皆(みんな)『一文無し』なんだから なんて事を考えているのですが、とにかく 暫くの間 思いっきり『楽しい事を考えて』過ごしてもらえる場所を提供出来たら、嬉しいなあと、思いますね。」
「女はどうします? 女郎が何人も滞在したら、嬉しいけど、どうします? 『楽しくヤレ!』ったって ワチ貴一人じゃあ如何にもなりませんぜ。支えの三人衆ったって、支えきれませんよ。藤吉さんは『ジイ様』だし」
安さんは想っただけで 慌てている。
「プッ!」
宗明は吹き出した。
「安さん。それは心配ないと思いますよ。私に考えが有りますが、 この道は安さんが明るい世界です。 私の考えが、通用するかどうかは 健吾さんや、安さんに判断してもらわないといけません」
色里には無縁そうな宗明に『腹案』があるというから、支えの衆は驚いた。
「この世では『商売』と言うものは成り立たないのだから、およそ『売春』というものはないのです。でも、『恋愛』や『結婚』の願望はあるのだから、『恋愛・結婚の集会所』を創れば大繁盛になるかもしれません。」
「んなら、連れ込み宿も 急いで造らねば」
安さんはどうしても 商売をしたいらしい。 どんな時でも『一儲け(ひともうけ)』したいのは人間の本能か?
『安さんは 商売をしたいのですか?』
「… う… うん。 少しばかり」
「健吾さんは どうですか?」
「そうさねえ… 。 ここには『銭』と言うものはねえし、よしんば銭を貰っても 使い道はねえしなア。」
「そうなんですよよねえ。私も どうすればいいのか確信できる材料はないのですが、川の向こうには 『極楽』が有りますが、同時に『地獄』もあります。
藤吉さんは『おまえは間違いなく 地獄行きだ。』といいます。多分藤吉さんの言う通りです。 その訳は自分に心当たりもありますし、先刻承知しています。
きっと舌を抜かれて、ウソがつけないようにされ、針の山に追い込まれると思います。」
宗明は自分に言い聞かせるかのように、今の想いを語り始めた。
「藤吉さんは『極楽』に行く積もりはないそうです。『自分の信念に従って懸命に頑張って生きて来た』から、『地獄行き』を宣告されたら、胸を張ってダンパンするそうです。それでも閻魔大王の判定が変わらない時は、『牛頭面』の獄卒の首ったまを抑えつけて、舌を抜き、『牛タン焼き』にして、食ってヤルと、言っていました。」
「…?」支えの衆は宗明の演説に聴き入った。
「この凄まじい藤吉さんの気合の中に 銭や名声に惑わず、自分を鍛え、ウソやマヤカシの誘惑を排除して、自分で『地獄』を招いて生き抜いて来たようなスサマジイ気概を観ました。
藤吉さんはすでに『地獄街道』の卒業生だと思います。だから、もう『地獄』なんて怖くないのだと思います。」
・・・次回へ続く
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