三途の川ぶらり旅

山口 孝一郎

その5(とても食えないピザ)

「あーア スッキリしました。私の人生は失敗ですよネ!」
「あア、大失敗だろうよ」
「何処がダメだったんでしょうか?」
「今更何処がダメだったってか? そうさナ?。 ぜーんぶ ダメだね!」
「どうして?」
エプロンは「『自分は幸せ薄く生まれて来た!』『俺にドウシロと言うんだ!』『一体自分の何処をダメと弾劾(だんがい)するのだ!』と半分腹を立てながら、百歩さがって、『何処がダメだったんでしょうか?』と、尋ねているんだから、いきなら『ぜーんぶ ダメ』はナイだろう!」と言う不満の念は有った。
ところが、厳しい石工職人の世界をハンマーと鑿(のみ)だけで工夫をこらし、飛び散る石のカケラを眼球に受けて視力を失いながらも受けた仕事を見事に完成し続けて『親方』にまで伸し上がった男には、エプロン男の『生き様』は百歩下がって評価してあげても『ぜ−んぶ ダメ』なのだ。
「いいか! 良く聞けよ! 2回は言わないぞ。俺のツラを見ているか、目を閉じるかどちらかにしなされや」
エプロンは目を閉じた。
「……。お願いします。」
「良く聞け、これはアンタの悪口じゃあないぞ!
アンタの話しを聞いていると、『うまく行かなかったのは全部、他人のせい。親のせい・世間のせい・教育のせい・世の中の流れのせい』なんだよな。そしてアンタは『一生懸命頑張ったんだから 何も悪くないんだよな。』
国の規定通りに相続財産の申告をしたら『住む家』まで無くなりました。ってか? あんたはこの期に及んで、何を偉そうに報告しているんだよ?
私は『渇しても盗泉の水は飲みませんでした』ってか?
私は『清廉潔白な生活を送ってきました』と、そのデカイ顔が周りで聞いている人を見下して自慢しているよ!」
「そ、そんな事はありません。私の力不足は分かります。でも…」
「黙って聞いていろ! デモもストライキもないよ。
『実は私は名だたる旧家の生まれです』ってか?それが『ドウした?』と言うんだよ。 偉かったのはアンタのご先祖様!アンタは偉くも何ともないんだよ。間違えてはイケナイよ! アンタの『生まれや育ち』を聞いて『恐れ入りました!』と平伏すとでも思っているのか? このバカ者が!
ミットモナイからそんな御先祖様にぶら下がった『ハナクソ』みたいな自慢話は止めた方が良いと思うがな。御先祖様は『恥ずかしい!』って言ているぞ」
「……。」
「自分が『これだ!』と思った仕事に死ぬほど頑張ったんなら、それで良いじゃないか。裕福な暮らしは出来なくても、喜びはイッパイあるよ。人生の幸せなゴールが何処にあるかなど、誰にも分からないよ。だから、死ぬまでがんばり続ければ良いんだよ。仕事の途中で力尽きて死んでしまっても、目指す仕事に必死に向き合って人生を閉じられるなら、願っても無い生き方だと思うがね。
もらった命を完全に燃焼させる事ができたんなら、立派なもんだよ。
それで良いだろうよ。それなのに『水しか飲めなっくなって、遂に死にました』なんて未練タラシイことを言うなよ。男なら! サッサと死ぬ手も有ったんだよ。水なんか飲もうとしないでよ。男らしくさ!『今からでも遅くはないから、サッサと死んでみたら!』と言いたくなるよ。」
「……。」
「ついでに言わせてもらうが、俺達は幸運にも『人』に生まれる事ができたんだから、その『貴重な もらった寿命』で自分のやりたい事を見つけ、命を賭けてトコトン頑張って燃え尽きればいいんだよ。その生き方を『それはダメ?お前は地獄行きだ!』と言うんなら、地獄に行くしかないよ。でも、命を賭けて懸命生きて来たんなら『俺のどこが悪いんだ!』と、閻魔様に開き直って抗議出来るだろう!
自分の仕事が未完成で、成果が得られず、途中で終わってしまったとしても、それが有意義な物であれば、後世の誰かが見付けて継承してくれるかも知れないし、さらに発展させて人の幸せに役立つかも知れないじゃないか。そうなれば、こんな結構な事はないぞ。アンタもそう思わないか?
そもそも、人間の仕事なんてものは先祖様から受け継いだ技術や知識や知恵を引き継いで発展させたり、改良したりして次世代にバトンタッチをする事位しか出来ないと思うがね」
「そうですね。僕もそう思いますけど、僕の『大罪』とやらは一回地獄に行って来れば消えるでしょうか?」
「それは分からないよ。俺は閻魔大王じゃあないからな。」
「そうでした。そうですよね。僕らは被告人でした。でも、予想としてはどうでしょう? 僕はやっぱり地獄行きでしょうか」
「そうさね…、まあ『地獄行き』は仕方ないだろうよ。」
「エッ!うそでしょう! やっぱり『地獄』はいやです。何とかしてください!
舌を抜かれたり、皮や爪を剥がされたり、串刺しにされて焼かれたり、針の山を歩かされたり。とても僕には耐えられません! だから『師匠』お願いです。僕を助けてください!」
「何を血迷ってるんだね! 宗明君、まだアンタは自分の事しか考えられないのかい。俺はアンタの『師匠』でも何でもないし。第一俺は三途の川を初めて眺めている、死にたての新参者だぜ」
「でも、何でも良く知っているし、それに『説教』がイチイチ身に沁みるし、とにかく僕を見捨てないで助けて下さい『お父さん!』」
「シツコイ野郎だなあ、アンタは!
ハッキリ言っておくが、俺はアンタの『師匠』でもないし、『親』でもないぞ。『死にたての視力を失った石工の職人』だぜ。何処にでも居る平凡なジジイだぞ。有り難い事に此処に来て急に目は見える様になったんだがな。だからヒョットしたらここは『天国』かもしれないゾ!」
「師匠は先刻『生まれたからには、自分のヤリタイ事に命を懸けろ!』と言いました。僕は今まで他人の目ばかりを意識して生きてきましたから、今は全く違う世界に居るようです。
たしかに僕は師匠のおっしゃる通り、今のいままで、変なプライドを意識して生きて来たのが良くわかります。なるほどと、師匠の叱咤(しった)が痛い程胸に刺さります。有難うございました。今は『目からウロコが落ちた』心境です。」両手のコブシを膝の上にのせ、ブルブルと震えている。
藤吉は簡単に反省し、順応する宗明に腹が立った。
本気で反省をしたとしても、一時の反省なら誰でも出来る。それに涙ながらの決意を発表したとしても、口先では何とでもいえる。
『言い訳がましい反省や決意ならいらない!』・『何か一つでも実行してから言え!』・『軽々にお世辞がましい涙の決意など聞きたくない!』と、怒鳴り付けててやりたいと思ってエプロンの顔を見た。
すると、エプロンは目を閉じたピザの顔に涙を浮かべ、鼻水を垂らしている。その姿があまりにも滑稽で笑ってはイケナイ!と、思ったが、あまりの無様なピザ顔の格好に、我慢が出来なくなってしまった。
藤吉は「イエーッ。 ピシッ。」と、大きなクシャミで何とか『吹き出す笑い』をごまかしたのだが、再び鼻水を垂らしたピザを見ると、咄嗟に(もう、このピザは食えないだろう ナ!)とおもい「マ、そう言うことだよ」と、吹き出してしまいそうな笑いを抑えて説教を終えた。
・・・次回へ続く
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